2月 08

ペンタトニック

被災地支援の音楽療法を開始したのは2011年4月でした。最初の4カ月は宮古市と山田町の避難所を巡回する傍ら、空いた時間には福祉施設の入所者を対象に音楽療法を行いました。彼らは知的障がいを抱えた成人でした。
歌唱の他はダンスやゲームを取り入れましたが、楽器演奏もとても喜ばれました。
楽器は簡単に演奏できる打楽器の他、音階ごとに分かれたものを選びました。例えば、ミュージックベル。そしてトーンチャイム。音つみき。
これらは、我々音楽療法士にとっては馴染みが深く、使い勝手の良い楽器です。
まず一音つず対象者に渡すことが出来るので、こちらの指揮でいかようにも演奏形態をアレンジできます。
例えば、コード奏。
「ドミソ」主和音を1グループに渡します。
「ソシレ」属和音を2グループに渡します。
「ファラド」下属和音を3グループに渡します。
曲の進行に沿って、グループごとに指揮をして演奏してもらうと、楽器演奏自体が初めての参加者にも(一切練習なしで)簡単に演奏できます。
例えば、カウンターメロディと呼ばれる対旋律の演奏。
曲の主旋律ではなく、それを支えるベース音や別のメロディを参加者に演奏してもらいます。最も簡単なのは、クリシェ進行と呼ばれる連続して隣り合わせの音階を鳴らす方法ですが、これは説明すると長いので興味のある方は調べてみてください。
最後に、歌の旋律そのものを参加者に演奏してもらう手法ですが、難しいメロディを一音一音渡して、数名の初心者にいきなり演奏させるのは至難の業です。そこで、ピアノの黒鍵(5音)で構成された比較的容易なメロディの曲を選びます。
5音で構成されたメロディは「ペンタトニック」と呼ばれます。
わらべうたや童謡に多いのですが、探せば懐メロにも結構このペンタトニックが見られます。
仮設で人気の曲では下記のラインナップです。
「雨ふりお月」
「夕焼け小焼け」
「赤とんぼ」
「満州娘」
「落葉しぐれ」
「お富さん」
「港町十三番地」
「一週間に十日来い」
「アンコ椿は恋の花」
これら全部、ピアノの黒鍵だけで演奏できますが、相手によって難易度を選択する必要があります。いくらペンタトニックが簡単だと言っても、童謡唱歌ばかりでは「子供の活動みたい」と思われて敬遠されることもあるので、大人の楽曲を用意しておく必要があると思います。
主旋律を演奏してもらいながら、例えばセラピストが大人っぽい伴奏をしたり、他のグループにコード奏を担当してもらうなどの複合技を企画すると、とても盛り上がります。

12月 16

音楽による被災地支援を考えている人々へ・音による支え

仮設住宅を訪れる各種支援団体の中には、被災者の皆さんと一緒に歌を歌う活動をしているところがあります。広く知られている童謡や、年代を越えて愛されている愛唱歌の歌詞を参加者に配布し、時にはアカペラで、時にはギターなどの伴奏付きで合唱しています。
普段、大きな声を張り上げて歌う機会が少ない皆さんにとって、大勢で集まり歌を歌う機会は発散の場でもあり、他者との交流の場でもあるので、どんどん広がっていってほしいと私も思っております。
もしこれから、被災地で音楽の活動をしてみたい!と思っている皆さん。僭越ながら、私がこれまで感じてきた「こうすればもっと充実した歌の時間になるかもしんない!」というポイントをいくつか記してみたいと思います。
良かったら参考にしてみてください。
支援者が一番大きな声で歌うこと
「では歌ってみましょう、さんはい」と掛け声だけかけて、あとは相手にだけ歌ってもらおう!と思っても、恥ずかしがり屋の多い三陸ではなかなか歌声は発せられません。私は歌は歌えないから、あんた歌いなさいよ!とは私もあちこちで言われました。支援に入った我々が率先して歌えば、自然と皆さんも声を出してくれます。注意すべき点は、参加者の声が出始めたら、ちょっとずつ声を絞り、皆さんが自分で出している自分の声に気付くように調整したほうが「歌った」実感が得られやすい、ということです。
キーの高さとテンポについて
「相手はお年寄りばかりだから」「歌の素人だから」と、低いキー(音の高さ)、ゆっくりとしたテンポで伴奏してしまいがちですが、実はちょっとだけ「相手が無理しないと出ない高さ、歌えないテンポ」にすると、参加した方も「頑張って歌わないと」と奮闘してくれるものです。相手に併せて楽な方へ、楽な方へと流れると、どんどん声が出なくなります。ただ、あまり高すぎたり早すぎて歌えない場合はかえって「難しい」「やはり歌は苦手だ」など、ストレスの原因になることもあるので、臨機応変にお願いします。
対象者が記憶しているメロディ
人間の記憶の何割かはうろおぼえで出来ています(※科学的な根拠無し)、実際に私も現場で楽譜通りではないメロディで歌う参加者とたくさん出会いました。「それは違うメロディです、実際はこうです」と矯正すべきでしょうか?私は相手の歌うメロディを尊重して、追随する立場をとります。音楽教室と違って、あくまで相手が迷いなく歌うことを優先したいと考えます。この考え方には異論もあると思いますが、いかがでしょうか。
伴奏はメロディ優先、リズムは二の次
上記のメロディと同じことなのですが、休符(歌わない時間)も楽譜通りにはいかないこともあります。もし伴奏する方の技術で対応できるのであれば、歌っている人の呼吸やタイミングに合わせて下さい。歌い出すタイミングのキュー出し(合図)を「はい」とか「どうぞ」など、声で行うことも大事です。歌が伴奏にあっていないと「焦り」のもとになって、相手が萎縮する原因になりかねません。
歌と時代の思い出を引き出す
年配の方がその昔、若かった頃や幼かった頃に馴染んだ歌を取り上げる際「どういう思い出がありますか?」とか「その頃何をしていましたか?」など聞いてmいると、それまで口を開かなかった方と会話するきっかけになります。我々も、その歌が流行っていた当時の出来事や文化、流行など知識として持っておくと、良いでしょう。勉強、勉強!女優女優女優!(三田佳子)
歌手っぽく歌う
私はあまり物真似が上手ではないのですが、例えば森進一さんの唄を歌う時は「くしゃみを途中で止めたような顔」で、多少しわがれ声で歌うよう頑張っております。クラシック畑の方、大学で音楽を学んできた人は、どうしても美声で演歌もポップスも歌ってしまいがちですが、ベルカント唱法のぴんからトリオは何だか滑稽だと思いませんか?ねえ‥たまには声質を変えて、その歌手の歌い方に徹してみるのも良いのではないでしょうか。
合いの手を入れる
「お座敷小唄」や「お富さん」など、宴会っぽい歌を生真面目に歌うよりは、合間に「は、どした!」「あ、よいしょ!」など合いの手を入れて盛り上げるのも大事です。中森明菜「デザイアー」で「落ちたら早いよこの世界」「燃えてなくなれあんな店」とバブルっぽい合いの手を入れるのもひとつの手ですが、やりすぎには注意です。
イントロ・間奏・コーダ
歌に導入する直前の伴奏を、歌の最後らへん弾く方法もアリですが、有名な流行歌の場合は原曲の通りのイントロ(前奏)から入るほうが、参加者の記憶を呼び起こすのに有効です。間奏もそうですね。コーダというのは曲のシメですが、3番歌ってバスっと伴奏を切るよりも、ある程度の余韻をコーダでつけるほうが「歌った!」という満足感につながるようです。
台詞付きの唄
「湖畔の宿」「花街の母」「月の法善寺横丁」などが有名ですが、前奏や間奏部分に歌では無く台詞が入っている曲がたくさんあります。私は伴奏しながら台詞をしゃべりますが、紙に書いてノリの良い参加者に担当していただくと、すごく盛り上がります。芸達者な人が数名、必ずいるものです。
浜村淳でございます
マガジンランドという出版社ヵら「ナレーション大全集」という本が出ていて、昔の歌手のリサイタルでよく見られた司会による曲紹介を集めたものなのですが(演歌の花道でも聞くことができますね)、これも前奏の時に語り出すと盛り上がります。
あてふり
歌の歌詞通りにふりつけをつけて、みんなで踊る活動です。これはいつかまとめて記事にしたいと思います。我々の活動では一番人気のコーナーです。
なお、伴奏のコツはこれらの本を参考にしてみてください。
平田紀子のちょっと嬉しい伴奏が弾きたい―『theミュージックセラピー』実践ハンドブック (「theミュージックセラピー」実践ハンドブック)
平田紀子のもっと嬉しい伴奏が弾きたい 歌謡史資料集&全曲伴奏譜 (「theミュージックセラピー」実践ハンドブック)

12月 14

被災地支援の一日について

毎週土曜日は被災地支援の日です。学会や前から約束していた遠方の仕事が入っている週末以外は、欠かさず通い続けて早一年数カ月が経過しました。見学や視察にいらした方とご一緒することがあるのですが、下記のようなタイムテーブルで動くので、首都圏などからいらっしゃる方には「二泊することになりますよ」とお伝えしております。
このブログをご覧の皆さんにも、我々がどんな時間配分で毎週動いているのかを、ご紹介いたしますね。
宮古市仮設と大槌町仮設の日
08:00 盛岡市の自宅を出発
10:00 一か所目の仮設住宅に到着、準備開始
10:30 セッション開始
11:30 セッション終了
昼食休憩
13:00 二か所目の仮設住宅に到着、準備開始
13:30 セッション開始
14:30 セッション終了
大槌町に移動
15:30 大槌町の仮設に到着、準備開始
16:00 セッション開始
17:00 セッション終了
休憩場所に移動、運転手の煙草休憩のち帰路に就く
20:00 帰宅
宮古市オンリーの日
一か所目、二か所目までは上記の通り
14:45 宮古市社会福祉協議会高齢者デイサービスセンターにてセッション開始
15:30 セッション終了
18:00 帰宅
「うわー、大変ですね」
って良く言っていただくんですが、もう慣れたので大丈夫です。運転を人任せにしているので、負担は少ないです。一日に1時間×3セッションは前からザラにありましたし、何より仮設のセッションは私にとって潤いの時間なのです。行きは旧・川井村の道の駅で買い物、昼休みは宮古市の魚菜市場で買い物、帰りは(山田町を通るルートの限り)びはんというスーパーで値引きされた食材ゲットという楽しみもあるのです。
もし「被災地の音楽療法が観たい!」という方は、ご連絡下さい。
ツアーにお連れ致しますよ!
(一回につき限定3名)

12月 13

音楽による被災地支援を考えている人々へ

避難所巡回時代(2011.4~8)は、当然のことながら被災地のあちこちが混沌としていました。何が必要でどこにだれがいるのかという情報が届きにくい中、全国からこころざしや意気込みを原動力とした支援者が現地入りして、自分ができることを真心をこめて行う人々の活動がそちこちで活発に行われていました。しかし、時間の経過と共に様々な理由で活動の継続が困難になった支援者が去って行き、2012年12月の今は以前の賑わいはすっかり無くなってしまったように見えます。情報が乏しいせいで、ニーズにマッチしない支援を行った人たちは、達成感の無いまま失意のうちに足が遠のいたのかもしれません。
今、被災地の人々にもう支援は必要無くなったのかというと、そんなことはありません。暮らし向きはさっぱり良くなりませんし、前よりも支援者が減ったことによって現地では「見捨てられ感」のような、寂寞としたムードがただよっていて人々の気持ちを暗くしています。「今もあなたがたのことを想い続けています」というメッセージを届け、そばに寄り添う活動が求められています。
復興には時間がかかる、とは前から言われていたことですが、こんなに早くペースダウンしてしまうとは、誰が予想できたでしょうか。
さて、私は音楽療法士という職業を20数年ずっと続けていたお陰で、今回の震災津波で三陸が被災した時には「自分ができる支援」というものが具体的にイメージ出来たので、愚直にそれを体現し続けてきました。音楽には人々の心を明るくして、暮らしに潤いを取り戻す力があると実体験から感じていたのです。
ある日、先輩セラピストが被災地入りした時に
「芸能人や有名アーティストが慰問に来るならその効果も理解できるけど、どこの誰かもわからない音楽愛好家が慰問と称して被災地に入り、素人はだしの唄や演奏を聴かせることに何か意味があるのかしらねえ」
とシニカルに吐き捨てた言葉がとても印象に残っています。支援にいらした方の熱意は無条件で尊重したい気持ちの反面、その先輩の気持ちもわからなくもないなあと思うところもありました。私のオリジナルソングです、聴いて下さい!と言って仮設住宅にご自身のCDを寄付したケースもほうぼうで見かけましたが、住民の方は誰一人このCDを自宅へ持ち帰ってはいません。コーラス同好会の皆さんが慰問に訪れた際も、自治会に動員された仮設住民の一部の皆さん(比較的時間の空いた人々)が
「遠くからありがとうねえ、悪いわねえ」
と言いながら忙しい合間をぬって参加し、居眠りと戦いながら歌を拝聴する、という光景もざらにみられます。
私、なんだかすごく意地悪なことを書いている気がしますが、でもこれは偽らざる「音楽に寄る被災地支援」の一例です。
音楽を始めとした芸術には、人の心を今ある場所から遠いどこかへと運ぶ、そんな不思議な力があります。震災津波といった未曾有の災害を体験した皆さんに、あらたな「楽しい体験」を届けてそれを積み重ねて行くパワーを備えています。
そんな力を発揮するには、対象者である皆さんがどんな音楽を聴けば心地良いのか、どんな技術や知識を駆使して音楽を届ければよいのかを、あらかじめ知っておく必要があります。
支援にいらっしゃる音楽家、音楽愛好家の皆さんは、以下の点に留意していただければありがたいです。
1.仮設住宅の住民皆さん、といった漠然としたイメージではなく「高齢者」なのか「児童」なのか「若者」なのかとある程度具体的に対象者を絞って内容を考える
2.対象者にとって「なじみのある」音楽を準備しつつ、現地でリクエストが出たらある程度それを受け入れる技術力や知識を備えてくる
3.「聴かせる」活動はかなりのクオリティと企画が必要です、対象者が能動的に活動参加できるプログラムも考慮してください
4.歌って、演奏して、時間になったら「はい、さよなら」ではなく、出来れば前後にお話をする時間を設けて、今この土地の人々が何を感じて何を考えているのかを知る機会としていただければ幸いです
5.活動は一回こっきりではなく、できるだけ(頻度はどれくらいでも構わないので)継続してください。「また来ますね」と約束したら、それを果たして下さい。お願いします

10月 26

レパートリーの増やし方について

何か、今まで知らなかった(もしくは使わなかった)楽曲を使う必要が出た際、もし楽譜があれば楽譜を読んで曲をおぼえますが、無い場合もあります。というか、私のセッションで必要になるような楽曲はたいてい楽譜が存在しないことが多いです。
そんな時はもちろん、耳コピです。
CDがあればCDを買い(もしくは借り)、YouTubeにあれば視聴します。
音楽療法士の殆どが音楽大学の出身なので、耳コピ可能な方が殆どだと思われますが、耳コピにも色々なレベルがあります。
・聞いただけで弾ける(もしくは歌える)←のだめレベル
・聞いただけで楽譜におこして、それを見て弾ける(もしくは歌える)←私はこれ
・何度も聞いて、楽器を弾きながら楽譜におこして、それを(以下略←難しい曲はこれ
私は絶対音感の持ち主ではありませんが、昔聞いた音楽を記憶していた場合、その記憶を元に演奏で再現が可能です。これは楽譜が存在せず、資料が入手できない場合は結構便利です。
今日は数年前に拾った動画から、JR東日本のベルの採譜をしていました。
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時々、聞きとり困難なものがあって苦労しました‥ぐぬぬ。
JR発着のベルなどは、鉄道好きな子供(や、元子供)の現場でとても人気なので頑張って習得したいと思います。
耳コピの訓練は、音大受験の時に「聴音」という課題が出るので、受験生はピアノの先生からみっちり仕込まれます。
私は18歳から音大の声楽科を目指して副科のピアノを習い始めたので、一緒に聴音のレッスンを受けたのが幼稚園や小学校の子供たちでした。かなり年下の彼らにまじって、それでも一番劣等生だったおぼえがあります。小さい頃から音感は鍛えておくにこしたことありませんね。
以下は、昔私が描いた音大受験エピソードの漫画です。
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※いくらか脚色・誇張しておりますのでご了承ください