4月 17

サイコドラマ 2014/4/16

増野先生からお声掛けいただき、ご一緒するようになってもう何年でしょうか…少なくとも2009年に東北福祉大学で開催された日本芸術療法学会より前なので…5年以上ですね。

すっかりお馴染みになった西落合の就労センター「街」3階で、サイコドラマのお手伝いをしました。集まった皆さんが思い出に残る音楽を、サイコドラマの重要なモチーフとして取り扱う際の伴奏者として、です。「あの時、こうありたかった」「あの人からこう言ってほしかった」など、過去の振り返りでその人が思う「別の自分のありよう」「今はもういない人との再会」を具現化するために、サイコドラマの中で参加者全員で演じます。音楽を提供する時には、できるだけ思い出に寄り添うために原曲に忠実な演奏を…と思うのですが、毎回知らない曲(しかも難しい)がどんどん出るので、音楽療法士としてはこれほど鍛えられる現場はありません。

この日も私の知らない曲、歌がたくさんでました。

童謡「びわ」

ジョルジュ・ムスタキ「私の孤独」

スタンダード「when you are smilling」

また、参加者が出会った人が自ら作ったオリジナル曲!というのも再現しなければならず、これは聴音の力と即興での伴奏力が問われます。もしかしたら音楽療法士の試験でこういった形式のも良いかもしれません。なにせ即興力って大事ですから。

セッションの内容をここに書き連ねることはできませんが、一番印象に残ったのは「亡くなった人との対話」の場面です。連れ合いや家族を亡くした喪失感は私も経験があるので、非常に胸に迫るものがありました。その際、増野先生は

「亡くなった人は普段は心の中で眠っています、サイコドラマで演じる時は起きて、我々に話しかけてくれるのです」

とおっしゃいました。これがサイコドラマの素晴らしいところだなあ、と思います。私はいつも増野先生の背後で皆さんの一挙手一投足を見守っているだけですが、いつか機会があったらあの中に入って今はもういない人との対話を体験してみたいです。

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ところで私はサイコドラマの導入時に音楽療法のアクティビティをいくつかご紹介させていただいたのですが、会場となった就労センター「街」1階のスワンベーカリーのパンがいつも美味しいので、パンという言葉を使ったボディパーカッションを行いました。本当に美味しいので、近所の方は是非食べにいらしてくださいね。写真はランチセットです。751円でパン2個えらべて、スープ、サラダ、飲み物つきです。

4月 16

ワイズメンズクラブ

サイコドラマの重鎮である精神科医の増野肇先生にお招きいただいて、高田馬場にあるYMCAにてワイズメンズクラブの皆様とご一緒させていただく機会を得て、東日本大震災の被災地で行ってきた活動についてのお話をさせていただきました。私も呼ばれるまではワイズメンズクラブって?と思っておりましたが、聖書の言葉を唱えたり、牧師の先生がいらしたりと、クリスチャンの方々の集会でした。めっきり支援団体の減ってしまった現在の被災地で我々がよく行き合うのは、こういった教会関係の皆さんが多いです。

夜遅くから始まった集会の後半で、私は「卓話」という形で1時間弱、これまでの歩みと、三年の間に感じた気持ちをお伝えしました。そして実際に仮設で行っているセッションを、ご参加の皆様に向けてご披露いたしました。

発声練習で私はいつも「いろはがるた」や「ことわざ」を使うのですが、ワイズメンズクラブの皆様に向けて「仏の顔も三度まで」や「聞いて極楽見て地獄」などの仏教テイストの言葉を使ったらマズイ?と躊躇して、咄嗟に「触らぬ神に祟りなし」と口をついて出て、会場から大きな笑いが起こりました。ちょっと失敗しましたねえ。

あとは「青い山脈」のあてふりなどを披露して、この夜の仕事は終了しました。何名かの方に「三陸ことば絵本」がほしい!とお申し出をいただいて、大変嬉しく思いました。現地で実際に活動をされている方々だったので、この本を見て地元の皆さんとより深く交わっていきたい、とのことでした。

機会を与えて下さった増野先生はじめ、ワイズメンズクラブの皆様。本当にありがとうございました。

2013年07月24日00時33分34秒

写真撮影は出来なかったので、過去の画像を掲載します。

4月 14

散る別れこそ

「智田さん、せっかく春に奈良へいらっしゃるのだから、講習会の翌日は松井先生と一緒に吉野へ桜を見にいきませんか」

お誘いを受けた数ヶ月前は軽い気持ちで「はーい」と返事してしまったのですが、この時期に吉野山へと出かけるのがどれほどの意味を持っているのか、私は身を持って体験してきましたのでここにご報告いたします。

当日は朝7時に宿を出て、橿原神宮前という駅から特急に乗って吉野駅まで向かいました。電車の中はトレッキングの格好をした本気の人々ばかりでしたが、私はといえば「講師モード」の格好だったので、背広と革靴という山登りには全く向かない状態でした。バスのりばに向かう道中、ヘラヘラしながら彼氏の腕にぶらさがって歩くきまぐれレディたち(中島みゆき)の高いヒール靴よりはマシ、と自分に言い聞かせて中千本までバスでのぼります。バスの車中ではアナウンスで「楠木正成が息子、正行が…」と説明していて、これは音楽療法で良く使う唱歌「青葉茂れる桜井の」の内容だ!と一人で興奮していました。

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誘導係をしていたおじさんがガン黒でジェームス・ブラウン激似だったため、夢中でシャッターを切る私。これから桜の名所へ行くというのに、iPhoneのバッテリーを豪快に使いきり、後ほど激しく後悔することになりました。30分ほど並んでから二本目のバスに乗り込み、さらに上を目指します。途中の道が崩落していていましたが、小学二年生の時に叔父の結婚式で台湾旅行した際に断崖絶壁を躊躇なく高速で通り抜けるバスの窓際で怖い思いをした私はこれくらいはへっちゃらぴーでした。悲鳴はあげましたけど。

吉野水分神社に到着。背後にいたインド人青年が参拝の時に困っていたので、五円玉なげてこうやって参拝するんですよ、と親切に教えてあげたのは良かったのですが、教えた張本人が柏手とお辞儀の順番を間違えてしまいました。今後、ムンバイで間違った神社の作法が広まったら私のせいです。

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てくてく坂道を降りていくと、眼前には見事な絶景が。

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この画像は私が撮影した唯一の風景写真ですが、あまり雄大な自然を撮影することに興味が無いのが良く伝わってくるつまんない写真ですいません。肉眼で見てこそ、です。

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お昼ごはんは窓際から素晴らしい景色を眺めることができる食堂で、うどん定食をいただきました。前日の朝に大阪は鶴橋の駅構内で食べたうどんとはまた違った感じでした。柿の葉寿司、LOVE!

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ご一緒した皆さん、シルエットでご登場願います。左にいる高橋先生は養護学校のベテラン教師ですが、この吉野山を子ども背負って登ったタフガイです。すごい!!

その後、吉水神社では源義経や後醍醐天皇、太閤秀吉に関する調度品などを拝観。一緒にいた先生と「弁慶、意外と小さかったのかねえ」と鎧のサイズを見て話していました。邪気払いどころで九字真法を試みるパワースポット目当ての皆さんの姿も、見ものでした。

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普段、めったに観光地へ足を運ばず、まして土産物を買う習慣の無い私ですが、Twitterで親切な方が「おみやげにいいですよ」と教えてくださった陀羅尼助丸という胃腸薬は買いました。アシスタントなすちゃんがしょっちゅう腹を下しているんですよ、これでしばらくは安泰です。つーかガマのオブジェ怖!!その後、勢いがついて吉野葛で作られた葛餅と葛饅頭も購入しました。夏休みの原宿竹下通り並の混雑でしたが、我々は山道を二時間ほど下ってきた影響が膝やふくらはぎにたまりはじめ、早いとこ下にたどり着きたい…という思いでいっぱいでした。

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この吉野山、秋には紅葉の名所となり、再び賑わうのだそうです。その時期にまた来てみたいです。

吉野駅に到着して美味しいさくらソフトクリームを食べ、電車に乗り込もうという時に高橋先生が切符を持ってうろうろし始めました。何事かと思ったら、今日ご一緒できなかった松井先生ともうひとりの帰りの指定券を、道行く誰かに売りつけようとしていたのだそうです。この時期、この指定券はプラチナチケット。誰かきっと飛びつくだろう、と期待して回ってましたが…難航していました。あきらめてホームへと移動したら、目の前にいた若いドイツ人カップルが特急に乗りたそうにしていたので、声をかけてみたところ予感的中。商談が成立しました。旅先ではこういうハプニングもあって面白いですね。

先生方とは出発点の橿原神宮前でお別れをして、私は近鉄あべの橋駅へ向かいました。JR天王寺から「はるか」に乗ると関西空港につくよ、と教えられたのですが指定券を買う場所がわからず、適当に乗った準急が今度は別の駅で切り離しになり…と、帰り道は散々でした。仙台空港から高速で2時間かけて、盛岡の自宅にたどりついたのは10時半…長旅でしたが、とても貴重な体験が出来ました。奈良の先生方、本当にありがとうございました。とりあえずふくらはぎには膏薬をはっております。

4月 13

奈良の出会い、再会、再出発

前泊した大阪難波から電車で奈良の会場「畝傍御陵前駅」へと向かったのですが、我ながら大人のくせに!と憤るほどの珍道中になりました…どうして奈良駅まで行ってしまうのか自分よ。あと近鉄の駅員みんな忙しいからっててきとーなこと言い過ぎですよ(責任転嫁)。ぜいぜい。たどりついたらドラゴンのオブジェがお出迎えでした。社会福祉総合センター5階大会議室では松井先生のビデオレクチャーの真っ最中、そろそろっと後ろのほうへと忍びこむと、主催の藤原先生から

「今日の講師の長洞先生です」

と紹介された若い女性から

「智田先生、私です!長洞です!」

と言われ…あ、あなたは!!10年以上前、私が宮古市で月に一度やっていた音楽療法に見学に来ていた高校3年生のナガホラちゃんじゃないですか!!東日本大震災の津波でご自宅が流されたと聞いていて、ずいぶんと心配したものでしたが(ご家族は皆さんご無事だったと聞いてはいました)。

「音楽大学を出てから、淑徳大学の院生になって、今は宇佐川先生が残したセンターに勤務しています」

それで松井先生のかわりにこうして奈良の講師にまでなっているとは…本当に月日の流れってすごいです。大人っぽく美しくなっていましたが、やりとりしていると当時のままの天真爛漫さで安心しました。

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私のあてふり「365歩のマーチ」をする長洞先生。

彼女のレクチャーはとてもわかりやすく、かつ宇佐川先生の理論を正確に受講生へと伝えているので、参加していてとても勉強になりました。いつか地元でも講演していただけたらいいなあ。

私の出番では、PowerPointで作成したデータや画像を提示しながら、震災から3年経過した被災地で暮らす人々の状況や、抱えている問題、解決しなければならない課題についてお話させていただきました。流出する人口、仮設住宅で孤独死する人、自殺、関連死、生活不活発病、災害復興住宅への転居による再度のコミュニティ破壊など。そういった中、定期的に音楽療法士が「歌と体操のサロン」と称して被災者とどう向き合って関与できうるのか、話しながら自分でも新たな気付きと確信が生まれてくるのを感じました。

活動を開始して一年目に松井紀和先生が被災地巡回に同行してくださり、迷いながら活動を続ける私に向けて言ってくださった言葉が

「震災や津波で喪失という体験をした被災者に向けて、音楽という新たな楽しい体験を積み重ねる機会を与えているのだから、音楽療法士の一番の資質である“直感”を信じて君の思った通りにやっていけばいい」

でした。この言葉がこの三年間の支えであり、原動力であるなあと再認しました。岡崎香奈さんも言っているように、直感を鍛えることは出来ないのですが、直感を信じる力を鍛えることは可能です。その場その場で出会う被災地の人々と向き合って湧き上がる自らの音楽の想像力と表現をよりどころに、これから先何年もまた続けて行きたい、と奈良で思いを新たにすることが出来ました。

素晴らしい機会を与えていただき、本当にありがとうございました。今日はちなみに主催の高橋先生、藤原先生たちと一緒に吉野山の桜を見てきます!きゃっほー!

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4月 11

奈良に行ってまいります!!

被災地での音楽療法の中から見えてきたもの
~音楽の不思議な力をどうつかいますか?~

主催 臨床音楽研究室ルート・メイト
共催 奈良ドレミ研究会

日時 4月12日(土)10:00~16:00
場所 奈良県社会福祉総合センター
奈良県橿原市大久保町320番11 5F大会議室
0744-29-0111
近鉄畝傍御陵前駅 東出口から北東へ徒歩約3分
内容 09:30 受付
10:00-12:00 音楽の機能と治療構造 松井 紀和
…… 昼食休憩 ……
13:00-16:00
被災地での音楽療法の実践     智田 邦徳
話題提供 手話で歌ってみましょう  高橋 浩(奈良ドレミ研究会)
16:00- 音楽療法実践ワークショップ 松井 紀和
会費  4000円  (3/5まで早期割引 3000円) 昼食は各自ご準備ください。
定員  50名 (先着順とさせていただきます)
締切  3月31日
問い合せ先
ルート・メイト事務局
〒651-1304 神戸市北区京地2-13-7
Fax.(078)951-5532
E-mail rootmate@iris.eonet.ne.jp

※松井先生は諸事情でいらっしゃいません、ご注意下さい

今夜は大阪に一泊して、明日はやくに奈良へ向かいます。無事にたどりつけますように…ドキドキ

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