9月 14

宮古市「清寿荘」「愛宕小学校」2011/10/1

去年2011年8月には宮古市も山田町も、ほぼ全ての避難所が解散となり、避難していた人々は完成した仮設住宅や、内陸のみなし仮設、その他の場所へと引っ越していきました。
私は丸四カ月もの間、ずっと毎週盛岡から被災地の宮古市・山田町に通っていましたが、避難所が無くなったからもう支援は終わり、とは思えませんでした。出来れば、仮設住宅に移り住んだ人々のもとへも、音楽を届けたいと思っていました。
しかし、宮古市では最初のとっかかりが遠方から来ていた保健師さんだったので、その方がいなくなったらもう誰を通せばいいのか不明でした。宮古保健センターの保健師さんで知っている人がいたので、その方にも「音楽療法での支援をしたいので、仲介してほしい」と頼みましたが、地元保健センターの皆さんはもうてんてこまいの状態で、とても私などに構っている余裕はなく、断られました。
山田町も同様でした。それまであちこちの避難所をまわるように指示をくれていた保健師さんからは
「今までありがとうございました」
とメールが来て、これからもうかがいたいのですと言っても反応はありませんでした。
これでもう、私の被災地巡回は終わらざるを得ないのか‥と諦めムードだったのですが、たまたま他の仕事で宮古市を通過する際
「諦めは愚か者の結論」
というパタリロに出てきた台詞を思い出し(私の持つ様々な知識の源は昔の漫画からです)、大勢のボランティアでにぎわう小山田の社会福祉協議会にお邪魔。アポ無しにも関わらず、偶然見かけたW課長さんに声をかけました。
(Wさんはずっと昔から、宮古で児童の音楽療法をする際に顔を出してくださっていました)
交渉の重要なポイントがありました。
私が宮古市に来る時は全て自費でまかなうボランティアなのですが、病院の常勤である私には土曜出勤が月に2回課せられていました。毎週土曜日被災地に来るとなると、年次休暇を使わなければいけません。加えて、勤務先に対して私のボランティア活動をオフィシャルに扱ってもらうと非常に助かるのです。
「ボランティアなのでお金はいらないのですが、できれば社会福祉協議会から私の職場宛に派遣依頼文書を出していただきたいのです」
この無謀なお願いをした時、やはりW課長さんは困惑なさっていました。
「一度、こちらでそれが可能かどうか確認してからお返事しますね」
駄目モトで頼んだことでしたので、私はそれから数日「駄目なら駄目で、またツテを探そう」と思っていましたが、何とOKが出ました。押しかけボランティアに派遣依頼文書というのは稀、というか他に例の無いことだったと思います。
今でも御尽力くださったW課長、宮古市社会福祉協議会に対しては頭があがりません。
午前10:30-11:30 清寿荘
さて、晴れてこの年の10月初日から仮設住宅を回ることになりました。
記念すべき一回目は、津軽石からさらに奥へと入って行った払川にある老人施設敷地内の仮設。
「他のボランティアやイベントの入りにくい場所を主にお願いします」
ということで、ここが選ばれたようです。
途中、山田線の線路を越えるポイントがあったのですが、踏切にはロープが張られていて、鉄もすっかり赤くさびていました。
大人の方は5名参加してくださいました。
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談話室の外と中には、多くの小学生たちがいたので、彼らにもまざってもらいました。
100円ショップで買ったじゃんけんバーのセットがあったので、大人VS子供でじゃんけん大会をして遊びました。
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画像、私の足元に風船セットが転がっていますが、子供がいるときはアートバルーンで犬だのねずみを作ってます。でも子供は自分でふくらませて自分でねじりたいんですよね。この日もかなりの数が破裂しました。
6曲を歌い、じゃんけん大会をし、手遊びや体操もして「さあ、そろそろ終わりの時間」と思ったら、子供たちが
「あたしたち、ばあちゃんたちに小学校の校歌歌ってあげたい」
と言いだしました。参加してくださった大人たちも、彼らと同じ小学校の卒業なのだそうです。
子供の殆どは小学校1年生で入学して間もないのに、3番までよどみなく歌っていました。
この日で一番、大人たちの心に響いた歌声だったと思います。
午後13:30-14:30 愛宕小学校
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昼休憩をはさんで訪問しましたが、誰も談話室を訪れませんでした。
(産業まつりというイベントがあったのも要因だと聞きました)
私とアシスタント二人で、伴奏の時の和声法についての雑談をして時間を過ごしました。
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まあ、私も相当能天気でお気楽な性格なので「誰も来なければ来なくて別にいいや」と思って気に病みません。
(半分強がり)
この後、14:45からはW課長と社会福祉協議会への恩返しということで、小山田の老人デイサービスセンターでの音楽療法を行いました。
これは現在も続いてます。元気な皆さんを相手に、こちらが元気をいただいてます。
(最近の話ですが、一度おひねりをいただきました‥丁重にお返ししましたけど)

9月 13

宮古弁スケッチ 2

引き続き、宮古で聞きおぼえた言葉を絵にしてお届けいたします。
「すとね」
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「さっぽ」
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「えんつこ」
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「でんずらびっこ」
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「はぐら」
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「すっぱね」
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「たますぽうろぎ」
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「ねそんべん」
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ちなみに、地震が起こった時は
「まんぜーろぐ、まんぜーろぐ」
とお呪いを唱えるそうです。
ネタ元の多くは、鍬ヶ崎にお住まいだった皆さんです。
あちこちの仮設に散り散りになってしまってますが
「こないだ、某仮設で某さんって方にこの言葉を教わって」
と話すと
「あらー元気だった?」
と、かなりの確率でお知り合いなことが多いです。
惜しむらくは「あうぇーこ」の殆どが津波で消失してしまったそうで。
一度、散策してみたかった‥七滝湯も入ってみたかった。

9月 12

宮古弁スケッチ

昨年から定期的に宮古市を訪れ、地元の皆さんと触れあう中で、私は徐々に「宮古弁」の面白さにハマっていきました。
沿岸のよその地域に住む人から言わせると
「宮古は、都だから。京都」
ということです。おお、そういえば、有難うと言う時は「おおきに」って言ってました!すごい!
私の住む盛岡も、はんなりとしたイントネーションが特徴的なのですが、宮古の言葉も優雅で奥ゆかしい表現に満ち溢れています。
そのひとつが「豆腐汁(とーふずる)」という言葉です。
これはそのまま、豆腐の入った汁椀のことですが、近所や親戚に不幸があった時
「とーふずるがでだ」
と言うのだそうです。精進料理を食べにいく、というニュアンスでしょうか。この婉曲的な表現がとても好きです。
徐々に宮古弁をおぼえてきた頃から、歌う前の発声練習で宮古弁を取り入れ始めました。
例えば
わたし「だべすか!」
皆さん「だべすか!」
わたし「だべすか!」
皆さん「だべすか!」
わたし「らすべがすだべすか!
皆さん「らすべがすだべすか!
わたし「だがすか!」
皆さん「だがすか!」
わたし「だがすか!」
皆さん「だがすか!」
わたし「まだがすかるだがすか!
皆さん「まだがすかるだがすか!
‥という感じのコール&レスポンスをしたり。
(ラーメンズの影響色濃いですが)
あとは、宮古弁を絵にして発声練習に使用しています。
「たんぺ」
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「めっつる」
002
「がんべ」
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「はらみと」
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「なぎびっちょ」
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「あおたんつぽけ」
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「ばっつっこ」
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「でぎなすぼう」
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「ひなりっこ」
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「みったぐなす」
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いかがでしょうか。皆さんも宮古弁を覚えて、日常で使ってみてください。
私の今の目標は
「あーりえ」

「よーすーはー」
を自然に、さりげなく言えるようになることです。

9月 11

一番最初の被災地訪問 2011/4/16-17

今日9月11日で、東日本大震災発生から1年半が経過しました。
震災当日、私はサイコドラマの増野肇先生から声をかけていただいた仕事で上京しており、友人と一緒に吉祥寺のオープンカフェでお茶を飲んでいました。大きく揺れたと思ったら、母と通話中だった携帯電話がいきなり不通になったので驚きました。
それから知人の家でニュース映像を見て、この地震が未曾有の大災害であることを知り、沿岸に住む親戚知人の安否が心配になりましたが、連絡の取りようが無くただじっとテレビ画面を見つめるだけの日々が続きました。
(岩手に帰る交通手段も無く、帰宅できたのは1週間後でした)
半月後、私は仕事先の大船渡市盛保育園で卒業式にお招きいただき、初めて実際に被災地となった沿岸の惨状を目の当たりにしました。ガソリンが手に入りにくいこの時期、運良く満タン近く残っていたガソリンを頼りに大船渡から三陸の道を北上し、釜石~山田~宮古と移動。何度も音楽療法で訪れた仕事先の建物が無残に壊れているのを見て、胸が痛みました。
愛車レガシーのタイヤは、この時に瓦礫の中を走行したため、一発でタイヤが駄目になりました。
私に被災地で音楽療法をするチャンスが到来したのは4月に入ってから。
宮古市在住の音楽療法士・佐々木良恵さんから連絡をいただき
「私は既に保健師さんから避難所で音楽療法をやってくれ、と依頼を受けて活動を開始していますが、一人では回りきれないので誰か内陸の方が助っ人に来て欲しいんです」
と言われ、真っ先に私が立候補しました。
その最初の仕事を書きます。
山田町 19:00-20:00 豊間根中学校体育館
会場となった中学校に到着すると、体育館の入り口でラーメンの炊き出しをしている若者から
「食べていきませんか」
と声をかけられました。とても美味しそうだったけど、仕事前だったのでご遠慮申し上げました。
体育館の中は夕食後、まったりと寛ぐ多くの人がいました。
ぐったりと横になる人がいる空間で、これから大きな音でキーボードを弾き、大きな声で歌を歌うのか‥と、気持ちが揺らぎました。まるで他人の家の寝室に上がり込んでいるような感覚です。
役場職員の男性たちが、パイプ椅子を真ん中に並べて、設営を手伝ってくれました。
時間になり、躊躇はありましたが自分の役割を果たそうと思い、音楽療法を開始。
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(携帯で撮影したので画像が粗いです)
すると、以前山田町の保健センターで行った音楽療法に参加してくださった、北浜地区(被害が大きかった場所)の女性が声をかけてくださり、無事がわかって私も安堵しました。と同時に、音楽療法経験者である彼女が楽しそうに歌っている様子から、それまでどんよりと曇りがちだった場の雰囲気を明るく牽引してくれました。
活動を終え、荷物を一緒に車まで運んでくれた役場職員の方が
「家も家族も流されたばあちゃんたちが、あんなに屈託なく歌って笑っているところ見て、俺泣きそうになりましたよ」
と言ってました。
その晩は宮古市内のホテル古窯に泊まりました。
宮古市 10:30-11:30 宮古小学校体育館
入口で職員の方と少々押し問答があった後、事情を知っている保健師さん(遠隔地から派遣された方)に取り次いでもらい、ようやく中へ入ると、前日の豊間根とはうって変わって、段ボールの仕切りでそれぞれのスペースが確保された形態の避難所でした。
活動準備をしている最中、何事かと思って近寄って来た小学生の女の子に
「なにするの」
と聞かれ
「みんなで歌を歌うんだよ」
と説明すると
「わたし、音楽嫌い。聞きたくない、やめて」
と強い口調で言われました。でも仕事だからね、となだめようとした途端
「嫌だって言ってるでしょ!!」
と、キーボードのアダプターをコンセントから抜き、床に投げ捨ててそのままどこかへ去って行ってしまいました。
気を取り直して活動を始めましたが、会場内の人は誰一人、用意した席には座りません。
目の前に誰もいない状態で、持って来た歌詞を提示しながら何曲も何曲も、弾き歌い続けました。
佐々木良恵さんが二人の女性を連れてきてくださったのですが、そのお二人もすぐにどこかへ行ってしまいました。
こうして誰も参加者がいないまま時間になり、荷物を片付け撤収。
体育館の出口に差し掛かったあたりで、会場からパラパラと拍手が聴こえてきました。
そして一人の女性が近寄ってきて
「いつも膏薬を足に貼る時に痛くて苦しいんだけど、今日は歌を聞きながらやったから痛くなかった。ありがとう」
と言ってくださいました。
この日から8月上旬までの間、避難所巡回の日々が始まったのでした。

9月 10

大槌町「吉里吉里中学校グランド」2012/9/8

大槌町 16:00-17:00 吉里吉里中学校グランド
初めてお邪魔する仮設。
仲介してくれている「ジャパンクリエイト」からFAX送信された地図を頼りにたどり着くと、規模の大きな仮設団地でした。
大槌の仮設は、自動車で敷地内に入ると、通路と玄関の距離がとても近いので運転していてちょっと怖いです。
あと、浪板にもあった茶色い大きめタンク‥あれ、なんのタンクだろう。
時間より40分ほど早く到着すると、入口に女性の姿が。話しかけると
「ああ、ちょうど良かったです。談話室の鍵を管理している者ですが、これから出かけなければいけないので、置き手紙をして鍵を開けていることをお伝えしようと思ってました」
とのこと。
入口にあるベンチは、子供たちがペイントしたのか?とても可愛い模様が描かれていました。
いいなーこれ。
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談話室にお邪魔すると、びっくりするほど荷物がたくさん!
物置かと思いました‥(失礼)。
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壁には劇団四季の役者さん(ユタと愉快な仲間たち、で巡業にいらした皆さん)のサインが模造紙に書かれて貼られていました。ペドロ役の方は岩手のご出身だったと思います。
「ともだちはいいもんだ」は名曲ですね。
(増野肇先生のサイコドラマで何度か伴奏しました)
ここでも時間(夕方4時)になっても誰も来る気配が無く、参加ゼロを覚悟していたその時!!
ガヤガヤと声がして、5名の方が扉を開けて部屋に入って来てくださいました。良かった!
大槌の方は、本当に明るいというか、最初からフルスロットルでこちらにグイグイと迫ってきます。
「ごめんね、時間に来ようと思ってたんだけど」
「夕食作る時間だからねえ、今。もっと早い時間に来てよ」
と、非常にフレンドリーです。
短い時間でしたが、9曲一緒に唄いました。
最後は、参加された一人の女性が発案して、「きよしのズンドコ節」に合わせた炭鉱節の踊りをみんなで踊って盛り上がりました。この歌でこの振り付け、合うんですね~大発見。
「また来て!」
と言われてとても感激しました。ありがとうございました!
帰り道、きらり復幸商店街で値引きされたシュークリームで疲れを癒しました。
値引き、大好き。
(ケチ)