9月 23

宮古市「崎山」「第二中学校」 2012/9/22

先週、恐ろしい程喉の調子が悪かったので、この一週間は安静にしておりました。お陰で、何とか元の声が出るようになったのですが(汚い話で恐縮ですが)時々タンがからんで大変でした。
長いスパンで被災地支援するには、自分の健康管理も重要な任務だな、と痛感した次第です。
午前 10:30-11:30 崎山
到着すると、談話室脇のベンチに皆さんお集まりでした。
ここは子供の多い仮設なのですが、ちょうど首都圏の大学から学生ボランティアのお兄さん・お姉さんがいて、子供の相手をしてくれていました。ありがたい!
談話室に入って、元・漁師の巡回員さんが用意してくださった配置でキーボードと歌詞を準備。いつもありがとうございます。
今回の参加者は6名。年配の皆さんです。
あれ?外でお兄さんたちと遊んでいたはずの子供が数名、キーボード触りに来た!Imgp3273
しかも、持って来た楽器(楽器なのか?チキンの人形だけど)持って外に遊びに行った!
同行者のなすちゃんは、子供たちの襲来でだいぶぐったりしている様子。
すまんのう。でも、子供たちもいろいろたまっているのかもしれないよ。
子供の相手してくれるボランティアは本当にありがたく、助かります。もっと来てね。
肝心のセッションは、お一人とても唄にお詳しい方がいらして、何と全ての曲を3番までソラで歌えるんです。
活動を牽引していただきました。
興味関心をもってご参加いただくと、やりがいがありますね。
午後 13:30-14:30 第二中学校
ここの巡回員さんも、毎回とても協力的で準備をしてくださっています。感謝!
そして楽しみなのが、Nさんという男性。囲碁はプロ並み、そしていれてくださるコーヒーも素晴らしい。
毎回、活動前にはご馳走になっています。ありがとうございます。
巡回員のAさんとお話していて
「皆さんが仮設から出て、それぞれの住居に落ち着くまであと4年はかかるでしょう」
と言われ、だったら私も4年通いますよ!と決意をあらたにしました。
参加して下さった皆さんは全部で14名。大勢の皆さんに集まっていただいて、感激です。
ありがとうございます。
泣くほど笑っていただいて、嬉しかったです。
あと、選曲の際には「選曲部長」の役を買って出て下さった方もいらして。いやー、ぐいぐい来られるとこっちもテンションあがります。
今度来る時はもっと曲、増やしておきますね。

9月 22

大船渡市「沢川」 2012/9/20

毎月お邪魔している大船渡市盛保育園の園長先生から、隣接する盛小学校グランドの沢川仮設の談話室に連れていってもらったのが先月のこと。
その際、ここで音楽療法をしませんか?と申し出て、早速9月から開始することになりました。
開始時間まで小学校のグランドを眺めていたら、遊んでいた児童に指さされて
「あ、あの人保育園の時に見たことある」
と言われ。おぼえていてくれたのかな?毎月、一緒に遊んだおじさんだよー。
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ゴミ捨て場にはこんな手書きの看板?が。
ここの仮設団地は厳格な会長さんがいらっしゃるようです。
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担当の巡回員さんがほうぼうを戸別にまわって、参加を呼び掛けてくれました。
集まったのは4名の方。お一人、とても若い女性がいました。
彼女はとても大きなハリのある美声で、生伴奏にのせて気持ちよさそうに唄ってくれたのが印象的。
他の3名は年配の女性でした。
床に並べた250曲からどんどん選曲し、どんどん歌いました。
途中、お口直しに発声練習なども挟みつつ。
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(なんでしょう、この表情‥)
結局、13:30から1時間の予定が、終わったら15時を過ぎていました。
「お約束の時間すぎちゃってますが‥大丈夫ですか」
と巡回員さんに聞いたら
「構いませんよ」
と言われたのですが。私の仮設音楽療法では最長時間記録です。
皆さん良く飽きずに‥。
帰り際、お一人の方から
「うちらだけでもったいなかったねえ、もっと沢山来ればいいのにねえ」
と言っていただきました。それだけで充分嬉しいですよ。
また来ます!

9月 21

吉田戦車さん&伊藤理佐さん in 宮古市 ~第一次案内~

岩手県出身漫画家・吉田戦車さん。
(ビッグコミックオリジナル「まんが親」、ビッグコミックスピリッツ「おかゆ猫」ほか連載中)
奥様の伊藤理佐さん。
(オレンジページ「おかあさんの扉」ほか連載中)
御夫婦そろって、来月宮古市で開催されるはあとふるフェスタ2012(特定非営利活動法人宮古圏域障がい者福祉推進ネット)に、サイン会・トークショーでご参加いただけることになりました。
素晴らしいイベントになりそうです。
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滅多いに無いこのチャンスに、是非みなさま宮古市へいらしてください!
10月13日(土) 13:00-15:00 
                       似顔絵&サイン会
10月14日(日) 10:00-12:00
                       トークショー&サイン会
整理券の入手方法や開催場所など、詳細については近日中にこのブログ上でお知らせいたします。
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9月 20

宮古市「白浜」「児童相談所」 2011/10/8

「智田さんが巡回している仮設住宅に同行したい」
と申し出てくれた仲間が二人、平田紀子さんと雑誌編集の芹澤一美さん。
お二人を連れて、仮設巡回二回目に出かけました。
午前 10:30-11:30 白浜
三陸海岸にある大きな半島の一つ、重茂半島を北回りで進むと白浜地区という漁村にたどりつきます。
途中の海岸線は、道路が地震の影響で地盤沈下していて、ガードレールの破壊されたカーブを、海水に気をつけながら運転しました。
白浜の仮設団地に到着して、社協から聞いていた代表者の男性(Nさん)にお会いしました。車が着くのをずっと待っていて下さってました。
Nさんはさっそく、団地内の皆さんだけではなく近隣の住民の方にも声をかけてくださって、総勢21名の皆さんが集まりました。
平田さんは、元々私が20代の頃から憧れていた、高齢者セッションのエキスパート。そして亡くなっただんな様が生粋の浅草芸人というエンターテナー。
一緒にセッションが出来る幸せをかみしめながら、交互にピアノとメインを務めながら、皆さんと一緒に体操や唄を時間いっぱい楽しみました。
この時の様子は「the Music Therapy」音楽之友社の最終号に掲載されました。
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午後 13:30-14:30 児童相談所
結論から言うと、どなたもいらっしゃいませんでした。
前の週に続いて、午後が暇なパターン。
うーむ。
大学生のボランティア男性が二人いたので、彼らとお話をしながら時間まで過ごしました。
それにしても、音楽療法というイベント(くくりとしてはイベントらしいです)には人が集まらないものなのか。
「今日は近くの病院で音楽会が開催されていたらしいから」
「あと小学校の運動会もあったらしい」
など、悪かったこと探し(逆ポリアンナ)をしてしまう始末。いかんな。
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せっかく、こんな素敵な告知してもらっているのにねえ。
この後の高齢者デイサービスはその分はりきって頑張ってみました。
いつか書きますが、こうやって自分の行っている活動を他の音楽療法士や専門家に見ていただく、ということが非常に重要な意味を持ち、支援活動を継続していく上で励みになるものなのです。

9月 19

避難所巡回 三回目 2011/4/30

この文章も報告として以前書いたものですが、詳細や名称を変えて掲載します。
宮古市 10:30-11:30 宮古小学校
この日は大型連休初日だったせいか、盛岡から宮古へ向かう国道106号線が混雑していて、かなり時間に余裕を持って出発した筈がギリギリの到着になってしまいました。途中の道の駅には家族連れの姿が多くみられ、被災地に近いこの場所でも連休のレジャーを楽しむ余裕が出てきたようです。
避難所となっている体育館の入口で先週からここの代表者となった男性とお会いした際に
「今日は避難所から多くの皆さんが花見に出かけているために、先週よりさらに参加人数が少なくて申し訳無い」
と言われました。人が少なくても特に気にする必要は無い旨を告げ、いつも通りの場所にテーブルを据えて物品を準備しました。すると、先週宮古市保健センターでお会いした保健師さんが、ご自身のお子さんを連れて見学にいらっしゃいました。ご近所にお住まいとのことで、避難されている方とも顔見知りのようでした。お子さんは小学生の男児、女児二人だったので、常備しているアートバルーンセットで好きな形の動物を作って遊んでくださいと渡したところ、遠巻きにそれを見ていた避難所の児童数名がきて参加しはじめました。その中には代表者の男性のお孫さんもいました。
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 所定の場所に戻ると、目の前に用意した椅子には先週も参加した50代の男性(Aさん)、初の参加となる身体障がい(歩行困難)のある60代の男性(Bさん)が座り、曲のリクエストをしてきました。Aさん用に洋楽の楽譜集を持ってきたのですが、目次には英語での曲名で書いているので
「何なにの映画の主題歌」
と言われてから探すのがとても手間取りました。Aさんに
「どういうメロディか、ちょっと歌ってもらえませんか?」
と頼むと、鼻歌でひと節歌ってくれたので、それを頼りに和声をつけて演奏すると
「うん、だいぶ近いね。でも完璧ではないね」
と言われました。Aさんは主にヘンリー・マンシーニの曲が好きだ、とおっしゃいました。他にはどんな曲が良いですか?と聞くと
「井上陽水、吉田拓郎あたりのフォークソングを良く聞いていた」
と答えたので、70年代フォークソングを数曲弾き歌いしたところ、それらの曲が流行していた当時にAさんがどのような暮らしをしていたのか、を訥々と話し始めました。Aさんの想い出話を隣にいたBさんも興味深そうに聞いていました。
Bさんからのリクエストは、Bさんを良く知る保健師さんから伺いました。同期の桜、ラバウル小唄などの戦時歌謡や軍歌がお好みのようだったので、やはりその頃の曲をいくつか弾き歌いしました。Aさんの歌うフォークソングもいくつか知っている様子で、徐々に二人で一緒に歌える歌が増えてきました。
30分ほど経過したところで、もう一人の女性(Cさん)が参加しました。初日は我々の活動を遠巻きに見ていたけど、今日はちょっとだけ参加してみたいと言って椅子に座りました。
「演歌が歌いたい」
というリクエストだったので、先週他の方から寄せられたリクエストに応えるため用意した歌詞を用いて、比較的新しい演歌を数曲、全員で歌いました。不倫をテーマにした歌で、Aさんが
「女というのはこういう性質を持っているもんだよね、私にもおぼえがあるよ」
と言って他の皆さんの笑いを誘っていました。
活動を終えた後のCさんの話では、この避難所も少しずつ「自宅に戻る」「親戚の家に移動する」といった理由で退去する人が増え、そう遠くない将来には他の大きい避難所へ併合する可能性があるとのことでした。Cさん自身も、ご自宅の修復のあかつきにはここを離れると言っていました。同じ避難所に生活している人の間でも、生活の立て直しに向けて動き出した人と、まだ先が見えないままの人の差が、徐々に出はじめる時期なのかもしれません。
はまなす学園までの空き時間に、山田町役場へ行きました。駐車場で偶然、幼児教室での仕事でご一緒した若い保健師さんとお会いすることができ、山田町の各避難所についての状況を伺いました。被災した地域の皆さんは最寄りの避難所で生活していると思い込んでいましたが、多くの人は内陸の温泉旅館や公共の施設へ移動していることや、同じ地域の住民でも別れ別れになっていて役場でも把握しきれていないことなどが分かりました。
役場の敷地内は物資の配給を待つ人々でごった返しておりました。歩いている時に、若い女性から
「音楽の人でしょう?久しぶりだね」
と声をかけられました。十数年前に、たった一度だけ仕事で訪れた作業所の利用者さんでした。配給は午後3時半から、日によって色々なものがもらえる。けれど、最近はとみに品数が減ってきて困る、と訴えていました。我々には
「日を追うごとに補給物資が行きわたり、人々の生活は徐々に上向きになっている」
という勝手な思い込みがあっただけに、この窮状は大変ショッキングなものとしてうつりました。同じ山田町内でも、場所によって避難民の生活状況には大きな格差が生まれているようです。
山田町 14:00-15:00 はまなす学園
震災以来、長く停電状態にあった建物は数日前に電源が復旧して、室内は見違えるほど明るくなっていました。前回と同じ部屋へ向かうと、入所者の皆さんから
「こんにちは」
「今日は何するの」
と声をかけられました。一番奥の席に座る女性に、前回は私たちと一緒にどんなことをしたかおぼえている?と聞いたところ、歌った曲名や活動内容をしっかりと記憶していました。
活動開始時に、部屋にいる全員に向けて
「皆さんと一緒にこうやって音楽活動をするために、毎週この時間に訪問する予定です。参考にしたいので、皆さんの好きな曲を教えて下さい」
と呼びかけると、しばらくしてから数名が挙手をし、それぞれの好きな楽曲を叫びました。その多くはアニメの主題歌と最近の歌謡曲および演歌で、題名を挙げられるたびに次々歌い弾きをしました。こちらの知らない(憶えていない)曲については、午前中と同様に鼻歌でメロディを教えてもらい、伴奏をつけて再現しました。知っている曲が流れると、歌詞を用意していなくとも大きな声で歌う人が大勢いました。
活動中、我々から少し離れた場所に直座りしていた30代の男性が、何度かこちらにものを言いたげな表情を浮かべてるのに気付きました。問いただしたところ
「早く家に戻りたい」
と何度も繰り返しつぶやいていました。入所施設の多くは普段から家族と離れて暮らしている寂しさを抱えているものです、それが今回の津波で施設が全壊してしまい、見知らぬ場所で不便な生活を強いられている彼らの心境は察するに余りあります。この男性は、他の方がリクエストした演歌を聞いて号泣し、傍にいた施設職員が理由を聞いたところ
「祖母を思い出して悲しくなった」
と訴えていました。その後、施設職員のお陰で笑顔が戻っていました。
山田町 19:00-20:00 豊間根生活改善センター
前々回、前回とはまた別の会場を指定されました。この日やっと、担当の山田町保健師さんとお会いすることが出来て、これまでの報告をしながら山田町の事情などの話を聞くことができました。毎回同じ避難所を指定している宮古市と違い、
「せっかく遠くからいらしてもらうのだから、毎週同じ避難所に来てもらうのはもったいない。毎回別の場所を巡回してもらう方針でお願いしたい」
という趣旨だと、この時初めて知りました。
この日の会場は、山田町保健センターが主催する介護予防教室の講師として何度か訪問した公民館でした。入口では近隣にある精神科で作業療法をしているという方から「音楽療法があると聞いて何か手伝えることがあればと思って来てみた」とのお申し出をいただき、会場の皆さんと一緒に声を出して歌って下さい、とお願いをしました。その他に地元の図書館館長という方、遠く和歌山県からボランティアでいらした方などにも活動の最中に同席していただきました。皆さん、音楽療法とはどういうことをするのか?と興味津々の様子でした。
今回もまた、音楽療法の経験がある住民の皆さんが全体の雰囲気を牽引してくださいました。会場の外にいる方に対して「面白いから、一緒においで」と声かけをしてくださったり、活動中にこちらの問いかけに対して大声で応答してくださったり、とても助けられました。同じ1時間という枠の中で、他の避難所より一人ひとりとじっくり時間をかけたやりとりができたことが何より印象的でした。
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