10月 11

被災地で使用した曲ランキング

当初は、それまで保健センターの介護予防教室や、公民館の健康講座などで用いた「懐メロ」「童謡唱歌」「民謡」の歌詞を流用していた被災地での音楽療法ですが、徐々に
「あの曲ないの?」
といった声も出てきて、参加者のリクエストを募っているうちにどんどん持ち歩いている歌詞のレパートリーが増えてきました。
150曲→300曲
この一年でこれくらい増加!
大きな模造紙に一曲、なので持ち歩く研修生やなすちゃんには苦労をかけます‥ごめん、そして有難う。
(自分でも持てっつの)
さて、これだけの曲数を用意して毎回のぞんていますが、反応が芳しい曲とそうじゃない曲があります。
そうじゃない曲は徐々に使わなくなっていきます。
人気の曲はどこにいっても人気。
昨年10月から開始した仮設巡回音楽療法での記録から統計をとりましたので
「被災地で使用した曲」
のうち、回数の多い順から御紹介したいと思います。
皆さんは使用頻度の高い曲は何だと思いますか?
下記の答えを見る前に、予測してみて下さい。
予測しましたか?
ではランキングを発表します。
1位
「一週間に十日来い」 五月みどり
2位
「お富さん」春日八郎
3位
「リンゴの唄」並木路子
同率4位
「青い山脈」藤山一郎・奈良光枝
同率4位
命くれない」瀬川瑛子
同率4位
「花街の母」金田たつえ
同率7位
「勘太郎月夜唄」小畑実
同率7位
「北国の春」千昌夫
同率7位
「港町十三番地」美空ひばり
同率10位
「だんな様」三船和子
同率10位
「二輪草」川中美幸
‥多分、正解者はいないのではないかと思われます。
1位、すごいでしょう?びっくりでしょう?
物凄く意外な曲ではないですか?
実はこの曲、私あちこちで
「あてふり」
を披露していて、踊ると物凄く皆さんから喜ばれるんです。
他の曲でも
「マドロス」
「股旅」
で踊れる曲が多いですね。踊れる、というのは重要なキーワードです。
あとはご当地ソング。
岩手県出身歌手、もしくは岩手がモチーフの曲が人気です。
全体的に、夜の匂いというかちょっぴりアダルトな感じの曲が人気だという印象ですね。
お座敷系というか。
こんなわけで、仮設にお邪魔する時は芸者さんのカツラが手放せません。

10月 10

被災地グルメガイド2

昨日に続いて早速、他のお店の紹介をします。
宮古市 ひばり
この店は以前、全国チェーンの宅配ピザ屋さんでした。
そして私の古い友人が働いていました。
彼は震災直後、連絡が途絶えていて仲間内で
「無事なのか、どうなのか」
と心配の声があがっていましたが、私が半月後に宮古市を通った時に連絡をくれて無事を確認することができました。良かった!
その後、しばらくしてからピザ屋からラーメン屋に鞍替えしたと聞き、ある日訪ねてみました。
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ラーメン屋になったと聞いたのに、いきなり蕎麦を注文する方もどうかと思いますが、この蕎麦の出し方も度肝を抜かれました。生卵‥(研ナオコ風に)。
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ラーメン屋と聞いたのに(以下略)。
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ラーメンは宮古市らしい、あっさり系でした。これからどんどん美味しくなるでしょう、皆さん一度足を運んでみてくださいね。
繁盛しますように!
宮古市 まんぷく食堂
いつも運転とアシスタントを担当してくれているなすちゃんが、ある日
「毎週、海の幸が美味しい土地に来ているのに、海の幸と関係ないものばっかり食べているからたまには‥」
と不平を洩らしたことがありました。
「何が食べたいの」
と聞いたら
「たっぷりとウニが乗っかった丼が食べたい」
と言いました。
どこか美味しいところは無いかしら‥と思案していたら、なすちゃんが
「ぐるまんの近くに魚菜市場があるでしょ、あそこにウニ丼出す食堂があったじゃない」
と言うので
「あそこは観光客相手のところだよ(ゴニョゴニョ」
と口を濁したら
「そういうのがいいの」
と頑張るので、観念して連れていくことに。
ウニ丼2000円と値段が書いてあって、二の足を踏む私を横目に大喜びで注文するなすちゃん。
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おなかがすいていたのか、ウニ丼到着して5分でかっこむなすちゃん。飲み物じゃないのに!きいい!!
私は磯ラーメンをずずずとすすります。
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「どうだった?ウニ丼」
と感想を求めましたが、その答えはここでは書けません。
5分‥2000円‥。
(未だ傷癒えず)
そういえば避難所となった宮古小学校では毎週のように炊き出しのイベントがあって、一度そこのお兄さんたちから
「たまには食べていってよ」
と差し入れをいただいたことがありました。
私が被災地で活動する際に自戒していたことのひとつに、被災地では食べ物をもらわないというのがありましたが、この時ばかりは御好意に甘えました。
とても美味しかったです。
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もう一生食べることのない食べ物ですが、忘れられません。

10月 09

被災地グルメガイド

まず、トイレ。
そして食べ物。
休憩場所。
ガソリン補給。
避難経路。
震災直後の被災地で、支援にあたった我々がぶち当たった難題、困ったことの筆頭です。
コンビニはいつも、どこでも満員でした。特に、山田町の豊間根や大槌町のマスト近くにあるローソンは駐車場に入るまで時間がかかるほどでした。コンビニのトイレに入ろうとすると、もっと長い時間待たなければいけませんでした。
チキン、すんごい売れていたらしく、保温ケースの中には山積みになっていたのが懐かしく思い出されます。
多種多様のゼッケンをつけた支援者でごった返すあのコンビニの光景は、一生忘れることはないでしょう。
「コンビニの弁当やおにぎりでは食べた気にならないので、ちゃんとした食堂でご飯が食べたいです☆」
という、うちの研修生の生意気な主張のせいで、私は昼食と夕食をなるべくコンビニ以外で済ませるようにしました。とはいえ、やはり営業している店には限りがあります。
そんな状況で、昼と夜ともに同じ店で食事をとる、というのは珍しくありませんでした。
今日は当時の記憶を辿りながら、店とメニューをご紹介したいと思います。
(前置きが長くなりました)
宮古市 富士乃屋食堂
宮古市の町中にある、地元の方にはお馴染の食堂です。
毎週通っていた宮古小学校からほど近いこともあって、何度も通いました。メニューが多く、二階席もあったのでいつも待たずに入ることができました。
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見よ、被災地にあってこの豪華さ!
(当時研修生3人分も食事代を支払っていたので、だいぶ散財しましたが)
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中華ばかりではなく、和食もありましたよ。
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ここの有難いポイントは、会計の時に
「また来てくださいね」
と割引券をくれるところです!いえー!!だいぶ助かりました‥。
山田町 笹
豊間根の避難所に何度も通っていたので、ここの利用率はものすごく高かったです。震災直後はメニューが限られていましたが(殆どラーメンで、丼が少々)徐々にバリエーションも増えて、毎回注文を変えて楽しんだのをおぼえています。
坦々麺、大好き!!
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たまに贅沢してトンカツなども‥。
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宮古市 福
宮古市のラーメンは魚のダシで、あっさりとしたスープにちぢれた麺が特徴です。
「たらふく」「あんばいや」「ぴかいち亭」(はちょっと毛色違いますが)などが有名ですが、私は何と言っても昔「はなふく」という名前だった頃からこのラーメンが大好きです。
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漫画家の西原理恵子さんをお連れした時は
「何この貧乏ラーメン」
とディスられましたが、このシンプルで質素なたたずまいが良いのですな。余計なものが何もないのが潔いと思います。
(ディスってますが、西原さんもこのラーメンは気に入っている様子)
復興が進むにつれ、被災地でとる食事も選択肢が増え、震災前と変わらない状況で好きなものを食べることができるようになりました。ありがたいことですね。
宮古市、山田町にはこのほかにも美味しいお店がたくさんありますので、また機会があったらご紹介させていただきますね。

10月 08

避難所巡回時代七回目 2011/5/28

過去に書いた記録から転載します。
5月28日(土曜日)、東日本大震災および津波の被災地である岩手県宮古市と山田町を訪問し、避難所で生活する方たちへ音楽療法を実施してきました。同行者は研修生2名。いつも運転などを担当してくれていた知人男性は体調不良のため欠席となりました。
(※知人男性というのは、最近の仮設訪問で毎回一緒に行ってくれているなすちゃんのことです。この日の朝、いきなり体調不良を電話で告げられ、これ以降一緒に避難所を回ることが出来なくなりました。このことは私にとって非常に衝撃的な出来事でした)
前回、はまなす学園の施設長から「日程的に都合が悪い」との連絡を受け、今回は訪問しないことになりました。
 
宮古市 10:30-11:30 宮古小学校
開始時間前から、毎週参加のAさんが椅子に座り、早速映画音楽などリクエストをしました。宮城県の新聞社から取材に来ている男性記者が隣にいましたが、さして気にする様子もなく、質問にも明るく答えながら機嫌よく語り合っている様子がうかがえました。しばらくして身体障がいのあるBさん、先週初めて参加した50代女性(赤い靴のタンゴをリクエストした)、何度か参加したことのある70代女性、そしてとても良くしゃべる60代男性Cさんが入れ替わり着席して、我々とやり取りをしながら一緒に歌唱活動をしました。
  
Aさん‥矢継ぎ早に「この曲は知ってる?」「あれを弾いてほしい」と欲求が出るが、他の方の応対をしている間にそれを後回しにすると、活動後に「弾かなかったね」と苦言を呈するように
Bさん‥活動開始後すぐに着席したが、Aさんのリクエスト曲を数曲演奏している間にどこかへ出て行ってしまい、戻ってこなかった
Cさん‥都はるみが大好きで、平成に入ってからの曲も詳しい。「千年の古都」をリクエストしたが、こちらが用意した歌集のどれにも入っておらず、演奏は断念せざるを得なかった。次回必ず持ってきます、と約束。研修生二人と酒場のようなやりとりをして楽しんでいる様子。
50代女性‥着席後、テーブルに数冊の歌集(昭和の歌謡曲)を持って行き「何か唄いたい曲があれば遠慮なく申しつけてください」と言うと、研修生を通してリクエストを寄こす。それ以外に、自分の手帳に曲名を一生懸命書きうつしている様子がうかがえる。時間の途中で退席して、入口のあたりで他の方と談笑している。
70代女性‥Aさんと洋画の話で盛り上がり、自身の好きだった映画音楽や洋楽について語り始める。「小さな喫茶店」などの古い曲が好き。
前々回から我々が伴奏で使用する目的で持参している分厚い歌集を、参加者が自分の好きな曲をリクエストする際に参考にするために渡す形が出来上がってきた。もっと見やすいように、大きな印字でインデックスだけ印刷して配布する方法も考慮する必要があります。椅子に座る参加者は、楽曲を通じてどんどん話をしてもらった方が良いと思いますが、そうすると音楽の無い時間が増えて、ついたての蔭で聞いている場内の人々への配慮に欠けるのではないか?という危惧もあり折り合いが難しいところです。
※ところでこの日取材に来た記者からそれ以降全く連絡が無かったのですが、取材した内容はどうなったのでしょう。沢山時間を割いて話をしたので、残念です
山田町 19:00-20:00 豊間根小学校格技場
 
避難所の外でちょうど担当の保健師さんとお会いすることができて、これまでの山田町各地避難所のその後について話をうかがうことができました。また、これ以降の避難所巡回についても三週間先までのスケジュールを渡され、長期的に被災地での活動を継続できる見通しが立って非常に嬉しく思いました。
 
この避難所での音楽療法は二度目でしたが、会場に入った途端にそこかしこからあたたかい声援と拍手をいただきました。「待ち遠しかった」と言ってくださった方もいました。
あらかじめ集計したリクエストに基づいた、この避難所専用の歌集を作成していたので、会場にいた全員に配布し、何を唄いたいかを聞きながら進行していきました。リクエストの中には、我々音楽療法士が現場でそれほど使用しない楽曲、一度も聞いたことがない楽曲が多く含まれてました。研修生が事前に楽譜を用意していましたが、やはり付け焼刃で弾き歌いしたものは、あまり場に浸透しない実感がありました。また、前回と同様に英語の歌詞で歌唱する難しさも感じました。リクエストに基づいた歌集のもう一つの難しさは、一人のリクエスト曲を他の大勢の方がわからずに場が白けることです。
※色々と動揺していて心の余裕が無い日だったので、写真撮影は全くしておりませんでした。画像、ありません

10月 07

大槌町「安渡第二」 2012/10/6

宮古市きれまち仮設はすぐ近くに高速の入り口があるので、次が大槌町の時はとても助かります‥でもちょっと長居しすぎて(居心地良くて)出発が遅くなってしまい、到着はギリギリになってしまいました。
宮古市から大槌町へ移動するのに、やはり1時間弱かかりますね。片道1車線ばかりなので。
大槌町「安渡第二」 16:00-17:00
開始時間よりかなり早い時間から、人が集まってくださいました。
そして!何と今回は男性の参加者がお二人も!
音楽療法に男性がいらっしゃるのは珍しいのです。
でも、気に入っていただくとリピート率が高いのも男性です。
今日のお二人はどうでしょう?
時間内に11曲歌いました。
そして張り切って、あてふりも3曲踊りました!
ノリの良い皆さんなので、たくさん笑っていただきました。
私は何度か訪れているお馴染さんには
「これにリクエスト書いて出していただけますか」
と、私の自宅の住所が書いてある葉書をお渡ししているのですが、安渡にいらっしゃる女性が先日たくさんのリクエストを寄せて下さったので、頑張って全部用意してきました。
皆さん、私にはどんどん
「これ次まで用意しといて」
と言って下さいね!