10月 17

歌詞の提示について

仮設住宅の談話室では、一枚50円前後の白い模造紙に歌詞を書いたものを提示して、参加者と一緒に歌を歌っています。
この方法は昔から、高齢者や成人を対象とした集団音楽療法の現場では、最もポピュラーなやり方です。
一人ひとりに印刷した歌集を渡す方法もありますが、どちらを選択するかは活動の目的やセラピストの考え方によって変わってきます。
私の用いている方法をここでご紹介します。
1.鉛筆で下書きした上から、毛筆で歌詞を書いていきます。
Kami01
なぜ毛筆なのか?と良く聞かれますが、油性マジックで書いた文字よりも遠くの方まで見えること、一定の年代以上の方にとって見えやすいことが挙げられます。
私は左利きなので毛筆はとても苦手なのですが、毎回頑張って書いています。字は下手ですが、なるべく時間をかけて丁寧に書いています。
また、歌う節やセンテンスに合わせて行をかえています。見やすさを重視した結果です。
2.漢字の脇にふりがなをふります。
Kami02
どんなに簡単な漢字でも、必ずひらがなのふりがなをふります。歌う前に参加者と一緒に歌詞の読み合わせをして、読み方の確認も怠りません。ここでの目的は、読み間違いを防ぎ「参加者が恥をかかないようにする」ことです。
人前で大声を出して歌を歌う、という習慣が無い人が集団で音楽活動をするのは、とてもハードルが高い行為です。勇気を振り絞って参加してくださった方が、不用意に人前で恥をかくと二度と足を運んでくれなくなることもあります。
気持ち良く、楽しく活動を行うためには、足元の小石を取り除くように念には念を入れて、下準備を行うことが大切です。
3.作詞者、作曲者、歌集名、発表年を書きいれます。
Kami03
懐かしい唄をうたって発散、というのも大事な目的ですが、もっと大事なことは歌を媒介として参加者の昔の記憶をよみがえらせて、当時の思い出を語り合ってもらったり、参加者同士の交流を深めることです。
そのきっかけのひとつに、誰が曲を作って誰が歌ったのか。いつ流行したのか。その当時の日本(岩手)ではどんな出来事があったのかを下調べしておき、参加者の記憶の掘り起こしを手伝うのもセラピストの重要な仕事です。
4.模造紙裏側の四辺を布テープで補強します。
Kami04
歌詞を書いた模造紙は、談話室にあるホワイトボードにマグネットで貼り付けるために、折りたたんだものを広げ、使い終わったら再び折りたたみます。そんな作業を何年も繰り返すうち、紙は破け、疲弊していきます。
少しでも寿命を延ばすために、四辺をこうやって補強しておくと、せっかく時間をかけて丁寧に書いた歌詞も長持ちします。
ホワイトボードの無い談話室の場合(けっこうあります)、窓のカーテンにクリップで挟みますが、テープで補強してあるとクシャっとならないので便利です。
カーテンも無い場合は、最終手段で画鋲を使います。この場合もテープが貼ってあると長持ちします。
5.折り癖をつけて畳みます。
Kami05
Kami06
私は縦方向に三つ折り、横方向にも三つ折りで畳みます。
これは、入れるバッグが100円ショップで売っているもので、このサイズだとぴったりだからという理由です。
6.右上に曲名を書きいれ、年代別に丸いシールを貼りつける
Kami07
仮設住宅には、毎回「童謡・唱歌」「民謡」「流行歌」など300曲を持ち込んでいます。ここからリクエストを受けて取り出すのは、とても大変な作業なので、すぐに見つけられるように分かりやすい位置に曲名を入れ、年代別に色分けしたシールを貼っています。
金色→明治・大正
銀色→昭和戦前
青色→昭和20年代
緑色→昭和30年代
赤色→昭和40年代
桃色→昭和50年代~60年代
黄色→平成
橙色→民謡
 
※童謡・唱歌は年代で分別しました
カラオケのカタログからすると「たった300曲?」と思う方もいるかと思いますが、模造紙一枚につきたった一曲なので、私となすちゃん二人で談話室に持ち込むのは本当に大変です。しかも、参加者からリクエストを受けて日に日に曲数が増えてきているので、これから益々大変になるでしょう。
なすちゃんからは
「もっと減らそうよ」
「っていうかさらに分別してほしい」
と苦情が出ていますが‥さて、どうなるやら。

10月 16

避難所巡回時代八回目 2011/6/4

記録を転載します。
この日、宮古では研修生が一人だけ同行しましたが、山田町は単独で行いました。
私はこれまでずっとアシスタントをつけずに何もかも一人で行うスタイルで仕事をしてきたのですが、この避難所巡回をいざ単独で行ってみると、かなり体力的・精神的にキツいものがありました。
なすちゃんの不在も大きな要因のひとつでした。
宮古市 10:30-11:30 宮古小学校
キーボードを設置していると、珍しく小学生三名が近寄ってきました。椅子に座ったので、一番年長の女児に歌集を渡しました。他の男児二人は椅子に座ったものの、携帯ゲーム機に夢中でした。年長の女児に「何か聞きたい曲あるかな」と聞いて、その答えを待っている最中に彼女の母親らしき大人に手招きされて、三人ともどこかへ行ってしまいました。
居住空間に寝ていたAさんに声をかけて、椅子まで誘導し活動を開始しました。Aさんには「ニューミュージックのすべて」という楽譜集を最初に渡して、そのからリクエストを出してもらうようにしました。Aさんはじっくりと目次を眺め、その中からイルカやオフコース、谷山浩子、井上陽水、泉谷しげるなどがリクエストされました。
一通り歌が終わったあと、Aさんが自分の半生を語り始めました。そして我々音楽療法士の活動に対しては
「毎週のこの時間が楽しみで生活している。いつもテープやラジオで音楽を聞いているけど、震災以来これほど音楽を身近に感じることができるのは他にない」
と言い、パスカルの「魂を極める音楽」という言葉を引き合いに出しました。
しばらく後にCさんが来て「今日はあのお姉ちゃんいないのか」と研修生の不在の理由を聞いてきました。首にネッカチーフを巻き、柄物のシャツを着ていて、先週よりお洒落な格好をしていました。前回のリクエストである都はるみ「千年の古都」を弾き歌いすると、Aさんから「良い曲だねこれ、初めて知った」と感想を言われ、満足そうな表情を浮かべていました。
一番キーボードの位置に近い場所で生活しているDさん夫妻に対し、活動終了の挨拶にうかがったところ、旦那さんは若い頃に都会でギターの流しをして生計を立てていたという話を始めた。今でも数千曲もの唄をそらんじているとのこと。10年近く前に三陸へ夫婦で引っ越してきて、新生活をスタートさせたのだが、運悪く海岸近くに住んでいたので今回津波の被害に遭い、避難所生活を余儀なくされた。夫婦で身体障がいを抱えていて、これから生活の見通しがつかないと言っていました。
片づけを終えて避難所を去ろうとした時、皆さんから「今日外でバーベキューやっているから、食べていきなよ」と言われました。音楽療法訪問者としては避難所で食べ物をいただかないように決めていたのですが、冒頭の女児がわざわざ外まで言って我々の分を持ってきてくれたので、ありがたくいただくこととしました。
山田町 14:30-15:00 はまなす学園
 
定刻に到着すると、玄関先で一人の入所者が出迎えてくれていました。「今日は一人なのか」と聞かれて「そうです」と答えると、大変だろうからと一緒に荷物を運んでくれました。
今回は歌で導入した後に、キーボードのリズムをずっと流しながら上半身を中心としたダンス活動を行いました。この日は北海道からボランティアの若者が数名来ていて、入所者と一緒に楽しそうに踊っていました。
 その後は参加者からリクエスト曲を募り、7曲ほど歌った後に終了しました。
山田町 19:00-20:00 山田町豊間根生活改善センター
 
二回目の訪問となる避難所でしたが、少し早目に会場入りすると屋内には人が殆ど見当たりませんでした。唯一残っている男性の話では、隣の保育所でボランティア団体主催のイベント(マジックショー、出張美容院、炊き出しとワインの試飲会)が開催されていて、そちらに大勢出かけているとのことでした。
開始時間近くなって、ようやく人が集まってきましたが、その中にワインの大瓶を手にした男性がいて、ろれつが回らず千鳥足の状態でした。
「今日は女連れじゃないのか」
と言ってきたので
「お休みをいただいてます」
と答えると
「じゃあ代わりに俺が歌ってやるよ」
と言いました。この他にも酩酊状態で騒ぐ男性が二人ほどいて、館長(避難所を取り仕切っている方)がやんわりと諭していましたが、ワインを床にこぼしたり、転倒して他の人の上に覆いかぶさるなど、徐々に周囲への影響が大きくなってきました。すると、一番奥の壁際で事態を静観していた20代の男性が、酩酊している男性に向かって
「いい加減にしろ」
と大声で怒鳴り、この男性を追いだしてしまいました。
事後、館長さんから
「あの(酩酊していた)男性も、本当は良い人なんだけど、津波のせいで漁師の仕事が出来ない辛さ、悲しさで酒を飲んだんだと思う。どうか悪く思わないで下さい」
と言われ
「気にしてません、また来ます」
と伝えました。
帰り道、誰もいないひとりきりの車を運転しながら、今までにない寂寞とした思いがしました。そして暗い山道の中で、自分は何のために、誰のためにこのような活動を“誰にも頼まれていないのに”行っているのか。これからも続けられるのかを自問自答し続けました。今でも思い出します。
この日の翌日は早朝から新幹線に乗って、新大塚の東邦音楽大学を会場に災害対策特別講習会というイベントで話をするため上京しました。さすがに体はキツかったですが、前日の帰り道でずっと考えていた
「自分が被災地で行うべきこと、その際の心のありかた、持ち続け方」
を見いだす機会をいただいたような気がします。

10月 15

吉田戦車&伊藤理佐イベント報告2

岩手県宮古市で開催された「はあとふるフェスタ2012」での、吉田戦車さん&伊藤理佐さん御夫妻のイベントをご報告いたします。
14日(日)
10:00-11:00
「トークショー」 定員40名
はあとふるフェスタというイベントは、NPO法人宮古圏域障がい者福祉推進ネット主催だったので、スタッフは福祉関係者が多く、ボランティアに従事した人の中には障がいを持った方が含まれていました。
今回のトークショーにも、障がいの有無関係なく、お二人の漫画に興味のある多くの皆さんがお集まり下さいました。
会場は元・化粧品屋さんを再利用した場所だったので、少々トークショーをするには面積や設備の面で不安がありましたが、スタッフの皆さんの努力のお陰で立派な会場が設営されました。
来場したお客さんも、誰ひとり立つことなく、全員がきちんと座って落ち着いた状態でお二人の楽しいトークを楽しむことが出来たと思います。
司会は不肖、私が務めました。
(背後のパワーポイント資料も担当)
Imgp4046
トークショーの内容は以下の通りです。
・吉田戦車さんの略歴紹介
・吉田戦車さんの作品紹介とご本人による解説
・創作にまつわるエピソード紹介
・伊藤理佐さんの略歴紹介
・伊藤理佐さんの作品紹介とご本人による解説
・創作にまつわるエピソード紹介
・お二人の出逢い
・お互いの作品に対する感想
・「まんが親」「おかあさんの扉」でのネタすみ分けルール
・交友関係のある漫画家さん、その他とのエピソード紹介
作品紹介では、全てを網羅するには圧倒的に時間が不足していたので、私の個人的なセレクトになってしまった結果、ちょっとマニアックな部分が多かったきらいがありますが、とても丁寧に解説していただきました。
また、フロアからの質問で「お子様について」「どんな作家・作品に影響を受けたのか」などが寄せられ、これらに対してもお二人からとても貴重なお話を聞くことができました。
前日の似顔絵サイン会および書店サイン会どちらにもいらしたお客さんが、このイベントにも多くご参加くださり、熱狂的なファンがこの宮古にも多くいらしたのだなあと、あらためてお二人の人気ぶりがうかがえました。
吉田戦車さんは東日本大震災の直後から、実際に足を運んでボランティア活動を行い、ご自身の故郷である岩手県の復興に強い思いを抱いている方です。今回も全てのイベントを善意で引き受けてくださり、被災地となった宮古市の皆さんのために労力をおしむことなく丁寧にファンの皆さんに向き合い、接して下さいました。
伊藤理佐さんも「被災地支援」と肩ひじ張らず、自然体のまま現地の皆さんと楽しく交流なさっていた姿が印象的でした。会場の様子を察知して、言葉を選びながら臨機応変に盛り上げて下さった即興力は素晴らしいものでした。
三陸の復興にはまだまだ気の遠くなるような時間がかかります。その間にきっと、自然にこの惨状を忘れ去ってしまう方も全国には多くいらっしゃると思います。被災地に暮らす皆さんは、そんな風潮を感じとって
「我々はもう見捨てらた」
と感じるのではないかと、支援をしている我々は危惧しております。孤独死をどう防ぐか、といった難問も山積しており、すみやかに対策を講じなければなりません。
そんな中、こうやって被災地に想いを寄せ、励まして下さる方がいてくださるだけで岩手に住む我々は非常に勇気づけられます。そして明日への希望を失わずにすみます。
吉田戦車さん、伊藤理佐さん。本当に有難うございました、どうかまた機会があったら三陸にいらして下さい、そして楽しいお話をいっぱい聞かせてください。
今回のお心遣いに、心より感謝申し上げます。
Imgp4137
トークショー終了後も、急きょ1時間近くサインに応じて下さったお二人。
「はあとふるフェスタ2012」の報告を終わります。
スタッフの皆さんもお疲れ様でした!

10月 14

吉田戦車&伊藤理佐イベント報告

週末の13日(土)、14日(日)に岩手県宮古市で開催された「はあとふるフェスタ2012」(NPO法人宮古圏域障がい者福祉推進ネット主催)で、岩手県出身の吉田戦車さんと、奥さんの伊藤理佐さんがお越しくださり、複数のイベントにご参加いただきました。
13日(土) 13:00-15:00
「チャリティ似顔絵サイン会」 限定30名
人気漫画家のお二人が同時進行でお客さんの似顔絵を描いて下さるという、世にもまれな贅沢企画!
じっくりと時間をかけて、お客さんとのお話も楽しみながらのアットホームな雰囲気のイベントとなりました。
Imgp3743
似顔絵サイン会のひとこま。
会場前では、お二人の最新作である「まんが親」と「おかあさんの扉」を販売しました。
何と!この本を用意してくださった地元の本屋さん「かんの書店」さんが、今回の売上金を義捐金として御寄附下さることに!なんて素晴らしい!
有難うございます。
Imgp3822
吉田さん、伊藤さんも募金してくださいましたよ!
(超カメラ目線‥)
イベント直後、路上で偶然にも宮古市長(ちょっとハイテンション)とバッタリ出くわして、伊藤さんはガムをもらってました。
17:00-18:00
「かんの書店本店サイン会」 限定50名
今回、書籍の用意から色々とご協力いただいたかんの書店さんでも、お二人の合同サイン会が開催されました。
普通に営業中の店内で、通路に一列になって並んでいただき、順番にサインを書いてもらっていました。
似顔絵サイン会にも参加した後、こちらにも参加する熱心なファンもちらほら。
Imgp3889
君また来てくれたの!と驚く伊藤さん。
Imgp3928
持参したリュックに「かわうそ描いて下さい」とリクエストした方も。
今回のサイン会では、お二人の漫画キャラクターをリクエストする方が多かったです。特に吉田さんは自作のキャラクターが豊富なので、お客さんからの注文もバラエティに富んでいました。
かんの書店さん、本当にお世話になりました。
ここでお知らせです。
吉田戦車さん、伊藤理佐さんがそれぞれ自著「まんが親」「おかあさんの扉」各10冊に直筆サインをしてくださいました。かんの書店の店頭でお買い求めいただくことが出来ます。
数に限りがありますので、どうぞお早めにお求めください!
明日は14日のイベントの様子をご報告いたします。
お楽しみに!

10月 12

宮古市「上村」「実田」 2011/11/26

この日は、私が小僧の頃からお世話になっている、大先輩の音楽療法士・鈴木千恵子先生が同行して下さいました。
午前 10:30-11:30 上村
上村、と書いて「わむら」と読む地域の仮設にお邪魔しました。
坂道を上った途中にある住宅街の公園に建てられた場所でしたが、残念ながら参加者はゼロでした。
社会福祉協議会の巡回員さんが
「来ませんねえ」
と申し訳なさそうにしてくださいましたが、これまで何度かこういうこともあったことを告げ、彼に色々と震災後の宮古の生活についてお話を聞く機会が持てました。とても貴重な情報を教えていただき、勉強になりました。
午後 13:30-14:30 実田
上村からほど近い場所の仮設ですが、道順としてはとあるポイントから別方向に向かうのでちょっと複雑な位置関係でした。
ここも公園を利用した仮設でした。
Sh3i0025
幸いなことに、4名の方がご参加下さいました。
良かった‥。
(涙)
唾液腺マッサージや表情筋の体操を交え、9曲ほど歌いました。
お一人、耳の遠い方がいらして
「歌はちょっと」
と躊躇なさっていましたが、鈴木先生が近くで聞いていたら
「とても素敵な声で歌ってらしたわよ」
と後で教えて下さいました。
かわいキャンプに寝泊まりしてサロン活動のボランティアにいらしていたお二人も、熱心に活動を行って下さいました。
有難かったです。