10月 14

吉田戦車&伊藤理佐イベント報告

週末の13日(土)、14日(日)に岩手県宮古市で開催された「はあとふるフェスタ2012」(NPO法人宮古圏域障がい者福祉推進ネット主催)で、岩手県出身の吉田戦車さんと、奥さんの伊藤理佐さんがお越しくださり、複数のイベントにご参加いただきました。
13日(土) 13:00-15:00
「チャリティ似顔絵サイン会」 限定30名
人気漫画家のお二人が同時進行でお客さんの似顔絵を描いて下さるという、世にもまれな贅沢企画!
じっくりと時間をかけて、お客さんとのお話も楽しみながらのアットホームな雰囲気のイベントとなりました。
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似顔絵サイン会のひとこま。
会場前では、お二人の最新作である「まんが親」と「おかあさんの扉」を販売しました。
何と!この本を用意してくださった地元の本屋さん「かんの書店」さんが、今回の売上金を義捐金として御寄附下さることに!なんて素晴らしい!
有難うございます。
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吉田さん、伊藤さんも募金してくださいましたよ!
(超カメラ目線‥)
イベント直後、路上で偶然にも宮古市長(ちょっとハイテンション)とバッタリ出くわして、伊藤さんはガムをもらってました。
17:00-18:00
「かんの書店本店サイン会」 限定50名
今回、書籍の用意から色々とご協力いただいたかんの書店さんでも、お二人の合同サイン会が開催されました。
普通に営業中の店内で、通路に一列になって並んでいただき、順番にサインを書いてもらっていました。
似顔絵サイン会にも参加した後、こちらにも参加する熱心なファンもちらほら。
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君また来てくれたの!と驚く伊藤さん。
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持参したリュックに「かわうそ描いて下さい」とリクエストした方も。
今回のサイン会では、お二人の漫画キャラクターをリクエストする方が多かったです。特に吉田さんは自作のキャラクターが豊富なので、お客さんからの注文もバラエティに富んでいました。
かんの書店さん、本当にお世話になりました。
ここでお知らせです。
吉田戦車さん、伊藤理佐さんがそれぞれ自著「まんが親」「おかあさんの扉」各10冊に直筆サインをしてくださいました。かんの書店の店頭でお買い求めいただくことが出来ます。
数に限りがありますので、どうぞお早めにお求めください!
明日は14日のイベントの様子をご報告いたします。
お楽しみに!

10月 12

宮古市「上村」「実田」 2011/11/26

この日は、私が小僧の頃からお世話になっている、大先輩の音楽療法士・鈴木千恵子先生が同行して下さいました。
午前 10:30-11:30 上村
上村、と書いて「わむら」と読む地域の仮設にお邪魔しました。
坂道を上った途中にある住宅街の公園に建てられた場所でしたが、残念ながら参加者はゼロでした。
社会福祉協議会の巡回員さんが
「来ませんねえ」
と申し訳なさそうにしてくださいましたが、これまで何度かこういうこともあったことを告げ、彼に色々と震災後の宮古の生活についてお話を聞く機会が持てました。とても貴重な情報を教えていただき、勉強になりました。
午後 13:30-14:30 実田
上村からほど近い場所の仮設ですが、道順としてはとあるポイントから別方向に向かうのでちょっと複雑な位置関係でした。
ここも公園を利用した仮設でした。
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幸いなことに、4名の方がご参加下さいました。
良かった‥。
(涙)
唾液腺マッサージや表情筋の体操を交え、9曲ほど歌いました。
お一人、耳の遠い方がいらして
「歌はちょっと」
と躊躇なさっていましたが、鈴木先生が近くで聞いていたら
「とても素敵な声で歌ってらしたわよ」
と後で教えて下さいました。
かわいキャンプに寝泊まりしてサロン活動のボランティアにいらしていたお二人も、熱心に活動を行って下さいました。
有難かったです。

10月 11

被災地で使用した曲ランキング

当初は、それまで保健センターの介護予防教室や、公民館の健康講座などで用いた「懐メロ」「童謡唱歌」「民謡」の歌詞を流用していた被災地での音楽療法ですが、徐々に
「あの曲ないの?」
といった声も出てきて、参加者のリクエストを募っているうちにどんどん持ち歩いている歌詞のレパートリーが増えてきました。
150曲→300曲
この一年でこれくらい増加!
大きな模造紙に一曲、なので持ち歩く研修生やなすちゃんには苦労をかけます‥ごめん、そして有難う。
(自分でも持てっつの)
さて、これだけの曲数を用意して毎回のぞんていますが、反応が芳しい曲とそうじゃない曲があります。
そうじゃない曲は徐々に使わなくなっていきます。
人気の曲はどこにいっても人気。
昨年10月から開始した仮設巡回音楽療法での記録から統計をとりましたので
「被災地で使用した曲」
のうち、回数の多い順から御紹介したいと思います。
皆さんは使用頻度の高い曲は何だと思いますか?
下記の答えを見る前に、予測してみて下さい。
予測しましたか?
ではランキングを発表します。
1位
「一週間に十日来い」 五月みどり
2位
「お富さん」春日八郎
3位
「リンゴの唄」並木路子
同率4位
「青い山脈」藤山一郎・奈良光枝
同率4位
命くれない」瀬川瑛子
同率4位
「花街の母」金田たつえ
同率7位
「勘太郎月夜唄」小畑実
同率7位
「北国の春」千昌夫
同率7位
「港町十三番地」美空ひばり
同率10位
「だんな様」三船和子
同率10位
「二輪草」川中美幸
‥多分、正解者はいないのではないかと思われます。
1位、すごいでしょう?びっくりでしょう?
物凄く意外な曲ではないですか?
実はこの曲、私あちこちで
「あてふり」
を披露していて、踊ると物凄く皆さんから喜ばれるんです。
他の曲でも
「マドロス」
「股旅」
で踊れる曲が多いですね。踊れる、というのは重要なキーワードです。
あとはご当地ソング。
岩手県出身歌手、もしくは岩手がモチーフの曲が人気です。
全体的に、夜の匂いというかちょっぴりアダルトな感じの曲が人気だという印象ですね。
お座敷系というか。
こんなわけで、仮設にお邪魔する時は芸者さんのカツラが手放せません。

10月 10

被災地グルメガイド2

昨日に続いて早速、他のお店の紹介をします。
宮古市 ひばり
この店は以前、全国チェーンの宅配ピザ屋さんでした。
そして私の古い友人が働いていました。
彼は震災直後、連絡が途絶えていて仲間内で
「無事なのか、どうなのか」
と心配の声があがっていましたが、私が半月後に宮古市を通った時に連絡をくれて無事を確認することができました。良かった!
その後、しばらくしてからピザ屋からラーメン屋に鞍替えしたと聞き、ある日訪ねてみました。
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ラーメン屋になったと聞いたのに、いきなり蕎麦を注文する方もどうかと思いますが、この蕎麦の出し方も度肝を抜かれました。生卵‥(研ナオコ風に)。
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ラーメン屋と聞いたのに(以下略)。
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ラーメンは宮古市らしい、あっさり系でした。これからどんどん美味しくなるでしょう、皆さん一度足を運んでみてくださいね。
繁盛しますように!
宮古市 まんぷく食堂
いつも運転とアシスタントを担当してくれているなすちゃんが、ある日
「毎週、海の幸が美味しい土地に来ているのに、海の幸と関係ないものばっかり食べているからたまには‥」
と不平を洩らしたことがありました。
「何が食べたいの」
と聞いたら
「たっぷりとウニが乗っかった丼が食べたい」
と言いました。
どこか美味しいところは無いかしら‥と思案していたら、なすちゃんが
「ぐるまんの近くに魚菜市場があるでしょ、あそこにウニ丼出す食堂があったじゃない」
と言うので
「あそこは観光客相手のところだよ(ゴニョゴニョ」
と口を濁したら
「そういうのがいいの」
と頑張るので、観念して連れていくことに。
ウニ丼2000円と値段が書いてあって、二の足を踏む私を横目に大喜びで注文するなすちゃん。
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おなかがすいていたのか、ウニ丼到着して5分でかっこむなすちゃん。飲み物じゃないのに!きいい!!
私は磯ラーメンをずずずとすすります。
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「どうだった?ウニ丼」
と感想を求めましたが、その答えはここでは書けません。
5分‥2000円‥。
(未だ傷癒えず)
そういえば避難所となった宮古小学校では毎週のように炊き出しのイベントがあって、一度そこのお兄さんたちから
「たまには食べていってよ」
と差し入れをいただいたことがありました。
私が被災地で活動する際に自戒していたことのひとつに、被災地では食べ物をもらわないというのがありましたが、この時ばかりは御好意に甘えました。
とても美味しかったです。
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もう一生食べることのない食べ物ですが、忘れられません。

10月 09

被災地グルメガイド

まず、トイレ。
そして食べ物。
休憩場所。
ガソリン補給。
避難経路。
震災直後の被災地で、支援にあたった我々がぶち当たった難題、困ったことの筆頭です。
コンビニはいつも、どこでも満員でした。特に、山田町の豊間根や大槌町のマスト近くにあるローソンは駐車場に入るまで時間がかかるほどでした。コンビニのトイレに入ろうとすると、もっと長い時間待たなければいけませんでした。
チキン、すんごい売れていたらしく、保温ケースの中には山積みになっていたのが懐かしく思い出されます。
多種多様のゼッケンをつけた支援者でごった返すあのコンビニの光景は、一生忘れることはないでしょう。
「コンビニの弁当やおにぎりでは食べた気にならないので、ちゃんとした食堂でご飯が食べたいです☆」
という、うちの研修生の生意気な主張のせいで、私は昼食と夕食をなるべくコンビニ以外で済ませるようにしました。とはいえ、やはり営業している店には限りがあります。
そんな状況で、昼と夜ともに同じ店で食事をとる、というのは珍しくありませんでした。
今日は当時の記憶を辿りながら、店とメニューをご紹介したいと思います。
(前置きが長くなりました)
宮古市 富士乃屋食堂
宮古市の町中にある、地元の方にはお馴染の食堂です。
毎週通っていた宮古小学校からほど近いこともあって、何度も通いました。メニューが多く、二階席もあったのでいつも待たずに入ることができました。
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見よ、被災地にあってこの豪華さ!
(当時研修生3人分も食事代を支払っていたので、だいぶ散財しましたが)
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中華ばかりではなく、和食もありましたよ。
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ここの有難いポイントは、会計の時に
「また来てくださいね」
と割引券をくれるところです!いえー!!だいぶ助かりました‥。
山田町 笹
豊間根の避難所に何度も通っていたので、ここの利用率はものすごく高かったです。震災直後はメニューが限られていましたが(殆どラーメンで、丼が少々)徐々にバリエーションも増えて、毎回注文を変えて楽しんだのをおぼえています。
坦々麺、大好き!!
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たまに贅沢してトンカツなども‥。
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宮古市 福
宮古市のラーメンは魚のダシで、あっさりとしたスープにちぢれた麺が特徴です。
「たらふく」「あんばいや」「ぴかいち亭」(はちょっと毛色違いますが)などが有名ですが、私は何と言っても昔「はなふく」という名前だった頃からこのラーメンが大好きです。
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漫画家の西原理恵子さんをお連れした時は
「何この貧乏ラーメン」
とディスられましたが、このシンプルで質素なたたずまいが良いのですな。余計なものが何もないのが潔いと思います。
(ディスってますが、西原さんもこのラーメンは気に入っている様子)
復興が進むにつれ、被災地でとる食事も選択肢が増え、震災前と変わらない状況で好きなものを食べることができるようになりました。ありがたいことですね。
宮古市、山田町にはこのほかにも美味しいお店がたくさんありますので、また機会があったらご紹介させていただきますね。