10月 24

宮古市「あゆみ公園」「河南」 2011.12.17

午前 10:30-11:30 藤原三丁目
二度目の訪問となったこの談話室は、壁という壁に支援者のメッセージやウクレレ演奏者の写真、そして童謡の歌詞があちこちに貼られていました。
たくさん支援者が入っていた場所なのだな、とわかりました。
時間になると、9名の方がやってきて、一緒に活動を行いました。
風船を用いたストレッチや、唾液腺のマッサージをまじえながら、9曲の流行歌を歌いました。
震災前の、皆さんの住居近辺のエピソードを話す方がいて、とても参考になりました。
午後 13:30-14:30 あゆみ公園
ここには始めて訪問しましたが、とても驚く出来事がありました。
というのも、避難所巡回時代、毎週通っていた宮古小学校体育館で何度もお会いしていた方が、ひょっこり顔を出して下さったからです。
彼は関東のご出身で、数年前に宮古市へ御夫婦で引っ越してきた、と避難所時代に教えてくれました。
宮古市に来る前は、埼玉にある繁華街で、でギター片手に流しの仕事をしていらしたそうです。
「何曲くらい、レパートリーあるんですか」
という質問に
「300曲はあるかなあ」
という彼を目標に、私はその後どんどんレパートリーを増やすよう努力しました。
※流し=居酒屋などを回り、酔客に「何か歌いましょうか」と持ちかけ、有料でギター片手に歌を歌う職業
脳血管障害の既往歴がある方なので、流しをしていた当時より手が思うように動かないから‥とおっしゃってましたが、伴奏を弾き始めると一緒に唄って下さる気さくな方でした。
数カ月ぶりに談話室で顔を合わせたら
「おおお、久しぶり!お待ちしてましたよ」
と大歓迎してくださり、感激しました。
この日は地元から来ていた姪っこさんもご一緒でした。
全部で11曲を歌いましたが、何を歌っても朗らかな顔で受け入れてくださいました。
心から流行歌を愛している人ならではの、とても親密な時間を過ごすことができました。
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午後 13:30-14:30 河南
※記録には当時、磯鶏と表記していましたが、河南に変更
お一人、見覚えのある方がいらして、お聞きしたところ、以前ほかの仮設で音楽療法を受けたことのある方でした。
わざわざ、ここで活動があると知って足を運んで下さったとのこと。
何と有難い!嬉しかったです。
ここは住民同士、同じ地域から避難してきたらしく、皆さんとても親密な様子でした。
7曲ほど歌い、風船を用いた体操をして楽しみました。
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10月 18

宮古市「なかよし公園」「鍬ヶ崎」 2011/12/3

この日は雨でした。とても冷たい雨。
不慣れな宮古市の住宅街を右往左往しながら、指定された仮設を探していた我々は途方に暮れていました。
やっと到着したそれらしき場所には、談話室はありませんでした。
携帯から生活復興支援センターの職員さんに電話をかけて聞いてみても、さっぱり理解できません。だって談話室、いくら探しても無いんですから。濡れてはいけない電子楽器や紙の歌詞を抱えたまま、イライラだけがどんどん募っていきました。
そして一瞬でそのイライラは消失しました。
場所、間違えていたんです。
指定された仮設は、そこから数100m下ったところでした。
この時、電話で対応してくださった職員さん、本当にごめんなさい。
午前 10:30-11:30 なかよし公園
西が丘の住宅街にあるこの仮設は、盛岡からやってきた私にはちょっと難易度の高い場所にありました。
徐々に強まる雨脚に負けぬよう、急ぎ足で談話室に荷物を運びいれると、中には4名の参加者と社協職員さんがいました。
10曲ほど、みんなで歌唱しまして、ストレッチや体操を行いました。
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お一人の男性から「異国の丘」をリクエストしていただき、歌った後で
「実は昔、シベリアに抑留されていたんだ」
というお話を聞きました。
私が行っている音楽療法の主な目的は、歌を歌うことも大事ですが、その歌が歌われていた時代を思い出して周囲の皆さんと一緒にお話をすることにあります。そのためには、私自身も歌と歌の背景を熟知する必要があります。
「異国の丘」はシベリア抑留を経験された方にとっては、特別な歌だということが、この日あらためて思い知らされました。
活動後、一人の参加者さんから声をかけられ
「実は昔(智田が行った)音楽療法の経験がある」
と言われました。何と奇遇な!
しかもそれを、わざわざ言いにいらしてくださって、本当に有難かったです。
午後 13:30-14:30 鍬ヶ崎
鍬ヶ崎、金が無ければ秋が崎。
かつて遊郭があり、宮古市で一番賑わっていた町がここ、鍬ヶ崎です。
前にこのブログで紹介した「魚正」というお寿司屋さんも、この鍬ヶ崎にあります。
「あうぇーこ」と呼ばれる、とても細い路地があり、映画館やストリップ小屋(!)もあった鍬ヶ崎は、今回の津波で見る影も無く破壊されてしまいました。
私がこの日に訪れたのは、鍬ヶ崎小学校のグランドに設置された仮設住宅の談話室です。
7名の参加者と、一人の社協職員、そしてボランティアの男性がいらっしゃいました。
たくさんの歌を歌いつつ、皆さんからかつての鍬ヶ崎の暮らしや住民の話を聞くことができました。
とても、とても面白い話でしたよ!!
本当に鍬ヶ崎はエピソードが豊富なところです。
帰り道は小高い「オクマン様」(熊野神社)を横目に帰ってきました。
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10月 12

宮古市「上村」「実田」 2011/11/26

この日は、私が小僧の頃からお世話になっている、大先輩の音楽療法士・鈴木千恵子先生が同行して下さいました。
午前 10:30-11:30 上村
上村、と書いて「わむら」と読む地域の仮設にお邪魔しました。
坂道を上った途中にある住宅街の公園に建てられた場所でしたが、残念ながら参加者はゼロでした。
社会福祉協議会の巡回員さんが
「来ませんねえ」
と申し訳なさそうにしてくださいましたが、これまで何度かこういうこともあったことを告げ、彼に色々と震災後の宮古の生活についてお話を聞く機会が持てました。とても貴重な情報を教えていただき、勉強になりました。
午後 13:30-14:30 実田
上村からほど近い場所の仮設ですが、道順としてはとあるポイントから別方向に向かうのでちょっと複雑な位置関係でした。
ここも公園を利用した仮設でした。
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幸いなことに、4名の方がご参加下さいました。
良かった‥。
(涙)
唾液腺マッサージや表情筋の体操を交え、9曲ほど歌いました。
お一人、耳の遠い方がいらして
「歌はちょっと」
と躊躇なさっていましたが、鈴木先生が近くで聞いていたら
「とても素敵な声で歌ってらしたわよ」
と後で教えて下さいました。
かわいキャンプに寝泊まりしてサロン活動のボランティアにいらしていたお二人も、熱心に活動を行って下さいました。
有難かったです。

10月 04

宮古市「近内」「西が丘」 2011/11/19

午前 10:30-11:30 近内
盛岡から宮古へは国道106号線を自動車で1時間半ちょっとかけて移動します。
そして、そのちょうど真ん中あたりに旧川井村があり、廃校になった建物を利用した災害支援ボランティアのための無料宿泊施設・かわいキャンプがあります。
私が毎週末通っている宮古市の仮設住宅談話室にも、頻繁にかわいキャンプからボランティアの方々が訪れます。
この日も男性と女性それぞれお一人ずつ、サロン活動(仮設住民の話相手になったり、お茶やお菓子を供出する種類のボランティア)にいらしてました。
時間になると、ここにお住まいの年配女性、年配男性、そして小さいお子さんを連れたお母さんがやってきました
前回の崎山もそうですが、大人と子供が同じ空間にいると、どこに焦点をあてて音楽を提供していいのかブレがちです。
今回もどうしようか思案していると、ボランティアのお二人が
「ねえねえ、こんな歌知ってる?」
とわらべ歌を歌い始め、みんなでまるく座って手遊びをしてくださいました。
そうか、この手があったか!と目からうろこでした。
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大人だけのセッションとまた違った、ゆったりとゆるい時間が過ごせたように思います。
活動後は、皆さんからここでの暮らしについてたくさんのお話をきかせてもらいました。
午後 13:30-14:30 西が丘
いつも盛り上がってくれる西が丘への初訪問はこの日でした。
談話室に入ると、壁際にたくさんのくるみが剥いて干してありました。
午前中はこれらくるみを使った調理を行ったとのことでした。
たくさんのリクエストをいただき、時間内に14曲歌いました。
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この頃、談話室の隣には二匹の犬が住んでいました。
今は一匹になりました。
仮設は仮の住まいですが、時は無情に過ぎていきます。
過ぎて行くこれら日々は、彼らの人生にとっては仮の日々ではありません。
一日一日が、かけがえのない大切な一日です。

10月 01

宮古市 「崎山」「藤原三丁目」 2011/11/5

午前 10:30-11:30 崎山
これまで沢山の忘れられない思い出がある崎山の第一回目は、昨年11月でした。
岩手県立大学のボランティア学生が沢山いて、子供たちの相手をしてくれていました。
私は安心して大人の相手を‥と思っていましたが、子供たちは私が持ち込んだうさぎのかぶりものやジャンケン棒が気になるらしく、ぐいぐいと入ってきます。
油断しているとキーボードも触ってきますし、勝手に道具もあさりだす始末。
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そしてホワイトボードに落書きを始める子供たち。
♪フリーダーーム!(声:アレサ・フランクリン)
まるでこの日は学級崩壊を間近に見た印象でした。
午後 13:30-14:30 藤原三丁目
小山田橋の脇をどんどん川沿いに入っていって、缶詰工場の脇もさらに奥まで行くとこの仮設があります。
時間になっても誰も来ないので(午後参加ゼロのトラウマが‥)同行者の研修生ちゃんに
「‥呼びに行ってくれ」
と初めてお願いしました。
(本当は本意ではないですし、もしかしたら禁止されているかもしれませんけど‥戸別訪問)
そしたら偶然!外に出はっている人がいて、その方からどんどん参加者が増えていきました。
良かった。
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はりきって炭鉱節を踊る我々。
活動が始まると、皆さん警戒心がとれて楽しんでくださるようです。
まずは、最初のとっかかり「会場に足を運んでもらう」にはどうすればいいか、が課題になりました。
あとは来た方に満足していただけるような活動を頑張るしかありません。