12月 05

宮古市「近内」「西が丘」 2012/2/18

※過去の訪問日記です。
午前 10:30-11:30 近内
このブログは東日本大震災の被災地となった土地で行った音楽療法を報告する目的で「いつ」「どこに」訪問したか、を優先して書いているので、ある特徴を有した人物や出来事を書くと不特定多数の目に止まり、個人が特定されたりプライバシーを侵害する恐れがあるので、控えたいと思います。
というのも、この日ここではそれまで経験したことのない出来事がおこったのです。
それは良いことなのか、悪いことなのかと問われれば「どっちでもない、どこにでも起こりうる防ぎようのないこと」としか言えません。
この出来事は、私の心の奥深い場所で未だに謎として渦巻き続けています。ぐるぐると。
午後 13:30-14:30 西が丘
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7名の方が参加してくださいました。
また、かわいキャンプからいらしたボランティアさん3名もご一緒しました。遠くは関西からいらした方も。
この日は10曲を歌いましたが、「なみだの操」を歌った時にボランティアのお一人(若い女性)が
「この歌詞、男性視点で書かれてますね。女性像としてはどうなんでしょう」
と疑問を呈しておられました。
逆に「おまえに」という歌には
「作詞者が女性だからなのか、デリケートな感じがします」
とおっしゃってました。
なるほど。
唾液腺を刺激するマッサージを行う際は、いつも私が言う標語?を皆さんにも言ってもらっています。標語の他にも「ラーメン食べたい」だの「お寿司が食べたい」といった他愛も無い言葉ばかりですが、これを行った後
「鍬ヶ崎の魚正さん、新しくお店をたてなおしましたね」
と話題に出したところ
「私もあそこの寿司は好きだけど、自分ではまだあの被災した風景の中を運転する自信がないのよ。お寿司をおごるから、誰かに運転してってもらいたいわ」
とおっしゃる方がいたのが印象的でした。

11月 28

宮古市「崎山」「荷竹」 2012/2/4

※過去の訪問日記です
東京方面から日本音楽療法学会の皆さんがいらして、一緒に被災地での活動に参加なさった日です。
事務局長の越智さん。
災害対策特別委員会の井澤さん。
そして加藤先生。
前日に盛岡にお泊りになって、早朝に出発というスケジュールでした。後部座席に3人というのはキツかったと思いますが、ご一緒できてとてもうれしかったです。
午前 10:30-11:30 崎山
宮古市(田老地区を除く)では最も北に位置する仮設、崎山にはこの日初めて訪れました。カリタスジャパンの皆さんも同時に支援に入ってました。
(カリタスさんとは良くかちあいました)
談話室にはこたつがあって、ファンヒーターからダクトで温風を入れているような状態でした。さっそく我々もこたつに入れていただき、ぬくぬくとみかんなどご馳走になりつつ時間になったら音楽‥という塩梅でした。
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じっと見つめる皆さん。
「春の小川」という唱歌を歌った時、昔の歌詞と今の歌詞はちょっと違いますねえ、という話題を出したのですが、その時に加藤先生が
「じゃあ、岩手の方言だとどうなのよ」
とおっしゃって。
仮設の皆さんと私とで、あーでもないこーでもないと話し合ったことが思い出されます。
午後 13:30-14:30 「荷竹」
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やはり、大御所の前でセッションする緊張が顔にあらわれておりますね、私。
集まった皆さんからは、宮古市にも造り酒屋があって、津軽石の「とらいちまる」という屋号を教わりました。
この後、いつも通り福祉センターの高齢者デイサービスで音楽療法を行ったのですが、加藤先生と井澤さんに担当していただきました。加藤先生の歌い方にはとても感銘を受けましたし、井澤さんの流麗なピアノ伴奏は参考になりました。
いつも自分しかいない現場に、こうやって他の音楽療法士さんにいらしていただくのって、本当に勉強になります。

11月 27

宮古市「浄土ヶ浜」「児童相談所」 2012/1/28

※過去の訪問日記です
午前 10:30-11:30 浄土ヶ浜
1時間の中で歌った曲は7曲。
これは他の仮設セッションに比べたら少ない方です。
では何をしていたのか?と言うと、参加した4名の方から3月11日の震災当日、何をしていたかという体験話を語り合う日になっていました。
それまで私は、なるべく震災体験に触れないように、と留意していたのですが、図らずも自ら当日の体験を語るという流れになりました。
Aさん
「市内のお店に勤務している最中、震災があった。激しい揺れの間は商品を陳列している棚を懸命に抑えていた。停電でレジが使用できなくなり、これはただごとではない!と気付いた。すぐに自家用車で帰宅したが、途中で混雑に遭い、車をガソリンスタンドに置いて避難所へと走った」
Bさん
「私の娘は震災当日、レストランで勤務していた。揺れてみんな同様していたが、全員が律儀にレジでお金を払って行ったのがとても印象的だったと話していた」
Cさん
「嫁ぎ先で震災に遭い、すぐそばにある実家へと向かおうとしたが、遠くから波が見えたので高台へと逃げた」
結局、1時間のうち30分以上は歌も歌わずに皆さんが話すにまかせて私はじっと傾聴するだけでした。音楽療法士ですが、歌わずに相手の話を聞くという時間も意味があったのではないか?と今思っています。
午後 13:30-14:30 児童相談所
前回の訪問時には誰一人来訪者はいませんでしたが、この日は談話室に入った時に一人の男性がいらっしゃいました。
「こんにちわ」
「ん?今日は何かイベント?」
「音楽療法です」
「あ、そう。じゃあ俺帰るわ。お邪魔様」
一緒に唄いましょうよ!と言いたかったのですが、無理強いは禁物。
でも、その後に4名の方がいらして一緒に歌を歌うことが出来ました。良かった!
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ほっとした表情のわたくし。
「参加者いなかったら鍵盤の練習でもしてればいいし、別に気にしないもん!」
といつも強がりを言ってましたが‥ほっとしました。
「これ終わったら、近所の銭湯行くわ!」
とパワフルに宣言なさっていた方がとても印象に残っています。銭湯いいなー。

11月 26

宮古市「第二中学校」「清寿荘」 2012/1/21

※過去の訪問日記です
午前 10:30-11:30 第二中学校
雪が降っていました。
白くなった仮設団地の談話室に入ると、カメラを持った男性が一人。
「被災地の様子を伝える情報誌を作っています、今日は取材させて下さい」
と名刺を渡されました。
こころ通信、という情報誌でした。
もちろんいいですよ、とお答えして活動の間ずっと御一緒しました。
初めての場所でしたが、多くの皆さんにご参加いただき、11名の歌声が部屋に響きました。
お一人の女性が
「私の家は流されてしまって、レコードもアコーディオンも全て失いました。ここには久しぶりに歌を歌いにきたんです」
とおっしゃったのが印象的でした。
この方が失ったものの代わりにはなれませんが、少しでも慰めになればと思って一生懸命演奏しました。
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ところでこの時取材していただいた内容、情報新い掲載されたのでしょうか‥もしそうだったら一度拝見してみたいのですが。
午後 13:30-14:30 清寿荘
二回目の訪問でしたが、残念ながら大人の参加者は一人も現れませんでした。
そのかわり、3人の可愛い小学生女児が遊びに来て、一緒に風船やお絵かきで遊びました。
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「おじさん、絵が描けるんですけど」
と自慢したら
「じゃあAKB描いて」
「まえあつ」
「まりこさま」
と矢継ぎ早にリクエストが。
頑張って記憶を掘り起こし、それっぽく描けたように自分では思ったのですが、ファンシーさに欠けた絵柄のせいで勤続30年のスナックママ(しかも西川口あたり)みたいな顔になってしまい
「はあ?全然違うんですけど」
「きもーいー」
と、女児たちにはえらいこと不評でした
がっくり。

11月 23

宮古市「赤前小学校」「きれまち仮設」 2012/1/7

この日の被災地訪問は、二人の見学者を連れて向かいました。
一人は、アメリカで勉強してきた音楽療法士のKさん。
(私が被災地の話をした講習会で興味持ってわざわざ訪ねて来て下さいました)
もう一人は、何と中学生の女の子。
お友達の漫画家、青木光恵さんのお嬢さん。
年末に某所での宴会でお会いした際、御両親から
「是非、岩手に連れてったって」
と言われて、我が家に泊めつつ被災地に連れていくことになりました。
彼女が小さい頃から飲み会やらコミケやらお葬式やらで一緒になる機会が多く、お互い気兼ねなく接っしていたとはいえ、遠いトーホグのおっちゃん宅まで大事な一人娘を出すのは勇気がいったと思います。
預かるこっちとしても気合いを入れて被災地まで無事に送迎せねばなりません。
と言いつつ全く気負わずいつも通りに出来たのは、ひとえにこのお嬢さんの物おじしなさ、動じなさによるものでした。どてらいぞ!
午前 10:30-11:30 赤前小学校
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活動前のスナップ。まだ談話室にクリスマスの飾りつけがありますねえ。
二人の見学者に準備を手伝ってもらっている間に、たくさんの方々に集まっていただきました。
この日は風船を使ったエクササイズをまじえて、11曲の懐メロを歌いました。
珍しく、小さな子供を連れたお母さんも参加されていたので、活動後にお話を聞くと、地元音楽療法士の佐々木良恵さんがお世話している親子でした。ちらしを見て、どんなもんなのか見にいらしたのだそう。
そして皆さんが談話室から出てお部屋へ戻られる時、ふと目についた支援物資の箱入りみかんを
「これ、皆さんに食べていただくために送られたみかんですよね。皆さん持って帰って良いんじゃないですか?悪くなりますよ、置いていても」
と、つい口出しをしてしまいました。
「あら、そうねえ」
「じゃあいただいていこうかしら」
と言って皆さんお持ち帰りになりましたが、果たして良かったのかどうか‥未だにちょっと思い返すと冷や汗が出る思い出です。
お昼ご飯は女性たち連れだって、宮古ラーメン「福」に行ってもらいました。
その間、私は用足しに‥。
(そしてマクドナルドへ)
午後 13:30-14:30 きれまち
結論から言うと、時間いっぱい待っていましたが誰一人参加者はいらっしゃいませんでした。まあ、ドンマイ。
(自分に)
あまりに暇なので、備え付けのホワイトボードに
「魔性少女まどか☆マギカ」
のキャラクター・きゅうべいを書くお嬢さん。
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そして背後で「コネクト」を弾き歌いする45歳中年、私。
(何故か弾ける)
この後は高齢者デイサービスでセッションをして、盛岡へ帰りました。
音楽療法士Kさんは駅までお送りし、お嬢さんはもう一泊我が家。
自慢の漫画部屋で、たっぷり好きなマンガを堪能したようです。
また来てね!