3月 30

宮古市「近内」「西が丘」 2013/3/30

午前 10:30-11:30 近内
ここの支援員さんも今年度末(つまり明日)で退職なのだそうです、寂しい。Mさん、今まで本当にありがとうございました。お世話になりました。
我々が談話室に到着したらMさんと、いつも元気ハツラツのTさんが既にいらっしゃいました。先週、藤原三丁目や田鎖で配布した支援物資のレギンスやレッグウォーマーを差し上げました。
「Mさん、これ奥さんにどうですか」
「私、独身なんで」
「女装にもいいですよ」
「しませんよ」
結局、後からいらした住民の方々にもいきわたりました。
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「大槌町に嵐の二宮くんが来て、虎舞を練習した番組。見た?」
という話題で、どうにか近内にも取材が来ないかしらという流れに。
「虎舞くらいの特徴があればいいのよ!」
とTさんが言うので、他の方が
「近内になにかあるかしらねえ」
と漏らした直後
「Tさんがいるじゃないですか」
と私が言ったら、Tさんが悶絶して崩れ落ちました。他の方は大笑い。いや、私わりと本気なんですけど‥。全国区を狙えますよ、Tさん。
午後 13:30-14:30 西が丘
最近はさをり織りの器械を導入している皆さんですが、日暮里で仕入れてきたはぎれをお渡ししたら、とても喜んで下さいました。良かった。
袋物(巾着とか)を作るとのことです。
皆さんが津波前に住んでいらした場所は、鍬ヶ崎と金浜と田老‥とバラバラなのですが、よその仮設に移り住んだ元・ご近所さんの近況をお話したり、活動中の写真を眺めたりして、とても懐かしんでいらっしゃいました。
やはり長年馴染みのある方が今どうしているかは、気になるところですよね。近況を知るだけで、とても安心なさってましたよ。
「この後はまたどちらかにいかれるんですか」
と聞かれたので
「大槌町です」
と答えたら
「あちこちお忙しいから、やはり3か月に1回なんですよね。ここにいらっしゃるの」
と残念そうにおっしゃっていただきました。そうなんです‥宮古市は巡回場所が多いので、どうしてもその回数になってしまいます。もうちょっと回数増やせないかどうか、考えてみますね。
この仮設は「さくら公園」という名称なので、桜の季節が楽しみです。
「是非、お花見にいらして!」
と誘ってくださいました。ありがとうございました。

3月 27

ブログで紹介してもらいました~

3月9日にお邪魔した鍬ケ崎のODENSEⅡでのセッションが、宮古市社会福祉協議会の生活復興支援センターのブログに取り上げてもらってました。わーい!
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逆光なのも何やらナイス。
実はここのブログに取り上げていただくのは二回目なんです。一回目は2012年1月でした。ちなみにこんな記事でしたよ。
自分から売り込んだり宣伝するのが苦手なので、めったによそで紹介していただくことが無いんですが、なんだかうれしいものですね。
地道に長く継続することだけが自分にとって大事なことなのですが、被災地支援が減ってきている今となっては、もうちょっと一生懸命外に向けて声を発したほうがいいのか?とも思っています。
(そう思ったからこそブログ書いているんですが)
ところでこの宮古市社会福祉協議会生活復興支援センターのブログは、とても貴重な資料になりそうな気がします。バックナンバーを読むと、どんなボランティアが来て、どんな活動をしていったのかがわかります。現地の状況に合わせて、支援の形もどんどん変わっていったのがわかります。お時間がある方は、是非最初のほうからじっくり読み進めてください。

3月 23

宮古市「藤原三丁目」「田鎖」 2013/3/23

午前 10:30-11:30 藤原三丁目
春の陽気に誘われて、支援員さんと住民の男性がお二人、談話室の前で一服していました。ここは海と川辺がすぐそばにあるので、上空ではとんびが声高に鳴きながら大きく旋回を繰り返していました。
ここの支援員さんも3月いっぱいで退職なのだそうです。せっかく住民の皆さんと一年をかけて信頼関係を築いたのに、これで再びリセットです。次の就職は未定だと聞きました。住民の皆さんも、被災してから何度目のお別れなんでしょうか。
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さて、今日は「歌と体操のサロン」でお邪魔していますが、その他に全国から集まった手芸の材料や支援物資を皆さんにお届けするという目的もありました。集まった方々に、スパッツや靴下やレッグウォーマーをお渡しいたしましたよ。男性もきっとレギンス履いたら暖かいんじゃないかしら?と口説いて、持って行ってもらいました。
その際、色々なお話が出て、結局歌は1曲しか歌いませんでしたが、こういう活動でもいいんじゃないかしら?と最近思っています。
その後、昼休み時間を利用して、数箇所の仮説をまわり、物資を配送してまわりました。まずは荷竹。
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ここはフェルトマスコットを作成しています。
お礼にイチゴのストラップをいただきました。
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次に清寿荘へ。残念ながらお昼時はどなたも談話室にいらっしゃらなかったので、ホワイトボードに伝言して物資を置いてきました。
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最後は高浜。ここには手芸の師匠がいらっしゃるので、直接お部屋にお邪魔してお渡しいたしました。
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師匠作のステンドグラスが玄関に。美麗!
午後 13:30-14:30 田鎖
近所のきれまち仮設からいつも通りご夫婦が参加して、ずっと我々を待っていてくださってました。奥さんは和服の布を使ってリフォームされる達人なので、ここには古い着物を大量に持ち込みましたよ。
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虫食いやシミが若干あったのですが、それを見て
「綿入れの袢纏とかいいわね」
「これはほぐしてバッグとかにしましょう」
とすぐにアイデアが出てきていました。すごい。
ここでも歌は1曲だけで、あとは最近の出来事などをお互いに話して時間を過ごしました。音楽療法じゃなくて、ただのおしゃべり会になってますね。
遊びに来ていた小学生女児二人に、なすちゃんがとても気に入られて、おやつをもらってました。あああ、また太る‥。
まあ、好かれるのは良いことですが。

3月 16

宮古市「崎山」「第二中学校」 2013/3/16

日本音楽療法学会近畿支部長、鈴木暁子先生をお迎えしての被災地支援第二回目でした。個人的なボランティアで遠方からいらしてくださり、本当にありがたく思います。
午前10:30-11:30 崎山
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「時間になっても、誰も来ないねえ」
時間前からずっと談話室で待っていてくださった方が何度も残念がっていましたが、徐々に少しずつ、人が増えていきました。良かった。
鈴木先生がわざわざ持参して下さった布を使い、参加者の皆さんと一緒に四十肩体操をしました。曲は「瀬戸の花嫁」でした。保育園に通う子供も来て、ちょっと焦点がぶれてしまい、終わった後にアシスタントなすちゃんから
「今日のセッションは何だかとっちらかっていたような気がする」
とダメ出しされてしまいました。面目ない。
「泰の娘、という曲が歌いたい」
と思い出話をして下さった方に応じることが出来なかったので、次回までの宿題とさせてもらいました。
午後 13:30-14:30 第二中学校
崎山でとっちらかったセッションをしてしまった失点を取り戻すべく、大勢の皆さんと一緒に楽しく朗らかな内容を心がけてたくさんの歌を歌いました。
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なすちゃんも頑張って踊りを踊りましたよ。
太い身体でゆさゆさ踊ると皆さん大喜び!
ところで第二中学校を担当していた支援員さんは、諸事情により今月で退職されるとのこと。統括している部署の決まりで、再任はされないらしいです。就職率をあげるため、と説明されましたが、住人の皆さんにとっては慣れ親しんだ人が継続してお世話したほうが良いんじゃないかな、と個人的に思っているので至極残念です。連絡先を教えていただき、これからも連絡を密に取り合ってお付き合いさせていただこうと思っています。

3月 09

宮古市「あゆみ公園」「ODENSEⅡ」 2013/3/9

春のような陽気で根雪もとけて、毎回苦労していた道中もスムースに‥と思っていた矢先、田んぼに頭から突っ込んで転倒している車とたくさんのパトカーを目撃して「うわー」と思いましたが、今日も無事に宮古市に到着しました。いやー毎回、波乱万丈。
午前 10:30-11:30 あゆみ公園
前日、職場に電話が入り
「先生、俺だよ」
と開口一番。お、この声はあゆみ公園にいたKさん!避難所時代からずっと音楽療法の時間に参加してくださった方です。ご夫婦で飲み屋さんを営んでいらしたのですが、津波で流されて、仮設に入居されていたのですが、昨年末に晴れて新築。再び元の場所で開業したと聞いてました。
「明日、仮設来るんだろ?俺たちも行くからさ、その後に良かったらうちの店に来てお昼でも食っていってよ」
とお誘いの電話でした。いえーい、楽しみ!
と言う訳で、仮設に到着したら外でKさんがわざわざ出迎えてくださってました。他にお馴染の皆さんもいらして、歌と体操のサロンというより、懐かしい同窓会のような時間を過ごしました。
この後、Kさんのお店にお邪魔して美味しいご飯をご馳走になったのですが、その様子は明日のブログで書きますね。
活動中、鍬ヶ崎出身の女性に
「良かったら、午後から鍬ヶ崎で音楽療法するので、そちらにも参加しませんか?津波前に近所だった鍬ヶ崎の皆さんが沢山いて、きっと懐かしいですよ」
とお誘いしたら、快く応じて下さったので、Kさんのお店のあとにお連れしました。
午後 13:30-14:30 ODENSEⅡ
ODENSEってなんだそれ!と社会福祉協議会からの巡回スケジュールを見て思ったものですが、立命館大学のボランティアチームが瓦礫撤去あとの空き地に建設したコミュニティスペースということでした。何度か遠目に目撃はしてましたが、近くに行って見てみるとかなり強烈なインパクトの建物でした。
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見よ!このエントランス!
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中はこんな感じです。
タルコフスキーとかキューブリックの映画みたい!
あゆみ公園からお連れした女性はこのODENSEのすぐ近くにお住まいだったので、鍬ヶ崎住民の皆さんから
「わあ、懐かしい!元気だった?」
「良く来たねえ」
と声をかけられ、とても嬉しそうでした。
ここ鍬ヶ崎地区に住んでいた住人の皆さんは、鍬ヶ崎小学校の仮設の他、第二中学校や中里団地にもいらっしゃるので、いつか同窓会のような感じで皆さんを一堂に集めて、音楽療法の会を出来るといいなあと、ふと思いました。これから仮設を退去してさらにコミュニティが分散化してしまう時期に入るので、どうしたら横のつながりを保持していけるのかを考える必要があるのではないでしょうか。
私のささやかな活動が、その一助になれば幸いなのですが。