1月 25

大槌町「安渡第二」 2012/4/21

この月から開始した大槌町の仮設住宅巡回ですが、安渡は二か所目になります。
その後長いお付き合いとなった安渡の皆さんと、一番最初にお会いした記念すべき日です。
16:00-17:00 安渡第二
大槌町支援員配置事業の担当さんからFAXで送っていただいた地図をもとに、不慣れな大槌町の瓦礫の道を迷いながらやっとたどり着いた会場は、安渡小学校の校庭に設置されていました。大きな樹とさびて赤くなった山田線の線路が目につきました。
談話室に入ると、中学生?の男子6人がカードゲームに興じていました。彼らの足元には食べかけのスナック菓子や、炭酸飲料のペットボトル。私が入室しても、素知らぬふりです。視線さえよこしません。
それだけ熱中していたんですね。
開始時間がせまってきたので、申し訳ないけどイベント始めるから終わりにしてくれる?と話しかけたら、無言で片付けて部屋を出て行きました。ゴミはそのままで。
やれやれ、と思いつつ会場設置をしていると、今度は別の男子が二人入ってきました。
「どうしたの?」
「インターネットがやりたいんですけど」
この談話室には二台のノートパソコンがあって、ネットに接続されているようでした。何か勉強で必要なのかな?と思って入室させたら、何と彼らはゲームの攻略サイトを見始めました。
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村上春樹のようなため息をつく私。
やれやれ。
開始時間の16時になっても誰も来ませんでした。
部屋の中に貼られているポスターや色紙などを見ていると、30分ほど過ぎてからやっと来客あり!やった!
限られた時間でしたが、楽しんでいただけるように頑張ってセッションをしました。
(その間、男子たちは頭からジャージかぶって音を遮断しつつもネットを中断することはありませんでした‥根性ねえ)
「夕方のこの時間は、みんな夕飯の支度で忙しいから来ないと思うよ。もっと早く来られないの?」
と活動後に言われましたが
「宮古市の仮設を終わってこっちに急いで移動しても、どうしてもこの時間からしか出来ないんですよ。申し訳ありません」
としか答えられず。
「まあいいや、またどうぞいらっしゃい」
そう言っていただいて、この日は終わりました。
釜石経由で、遠野でジンギスカン買って帰りました。

1月 14

大槌町「吉里吉里第5」 2012/4/7

さて、このブログでは初めてのカテゴリーになる「過去・大槌町」ですが、私が一番最初に大槌町の仮設住宅にお邪魔したのが、昨年の春4月7日でした。横のリンクにもある「NPO法人紫波さぷり」の代表、細川さんから紹介された大槌町地域支援員配置事業のSさんにコーディネートをしていただき、日にちと場所が決定しました。
実は私は、震災・津波が起こる前は一度も大槌町を訪れたことがありませんでした。土地勘が全く無い状態で、吉里吉里地区と言われても(井上ひさしやひょっこりひょうたん島の知識はあったにせよ)そこがどういう場所で、どんな人々が住んでいるのかは皆目見当がつかず、さてどうしようかと思ったものです。
そんな中、少し前からTwitterでやりとりをしていた女性Yさん(仮名)から
「私も三陸の出身なのですが、一度あなたが仮設で行っている音楽療法を見学にいってみたいです」
と連絡をいただきました。
これも何かの縁だと思い、依頼元の許可をもらって同席していただくことにしました。
16:00-17:00 吉里吉里第5
開始時間が遅く、夕飯の準備などで皆さんきっと忙しいだろうな‥誰も集まらないかもしれないな‥と思いつつ、でも宮古市の後に訪問するからどうしてもこの開始時間になってしまうというジレンマを抱えたまま、当日を迎えました。初めて訪れる吉里吉里の町は勾配のある細くうねった道ばかりの、初心者にとっては迷いやすい町でした。やっと現地にたどり着いた時は、すでに辺りが夕焼けに照らされて黄昏の海辺が見下ろせるようになっていました。
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時間になると、巡回員さん、自治会長さん、4名の住民の皆さん、そしてYさんとその娘さんが1時間のセッションにお付き合い下さいました。私としては精いっぱいの力を発揮したつもりでしたが、これ以降はこの仮設からお声がかかることはありませんでした。御縁が無かった‥のかもしれませんが、少々心残りです。力不足だったのでしょうね。
Yさんとはその後もTwitterでやりとりが続いていて、このブログも読んで下さっているようです。ありがとうございます。