9月 11

第13回日本音楽療法学会学術大会in米子

行ってきました!人生初の鳥取県!
昨年は仕事の都合がつかずに宮崎行けなかったので、今年は参加出来て良かったです。私が委員長をしている災害対策特別委員会で、ミイさん(花巻市のるんびにい美術館の関係者で、えころんの理事もしてもらっています)から
「陸前高田市の仮設の皆さんが一本松の刺繍をほどこしたふきんを、会場の物販ブースで売るのはどうかしら」
と発案、大会長である広島大学の岩永誠先生のお許しもいただき実現の運びとなりました。ふきんだけでは、と思ってうちの法人もトートバッグと「三陸ことば絵本」、そしてポストカードを用意。物販の準備はしっかり整いました。しかし、音楽療法士としては大会参加が本分なので、法人事務局のアシスタントなすちゃんを同行させて、売り子として頑張ってもらうことになりました。
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でも売り子やってみたい‥。
瞳孔開きっぱなしの私も頑張りました。
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「売れてる?大丈夫?」
と、岩永先生も心配して何度も足を運んで下さいました。さっそくコーヒーでオ・モ・テ・ナ・シ(しかし、このコーヒーは会場内で無料で配布されているコーヒー‥ちゃっかりしている我々)。
ブースの設営は9月6日金曜日の講習会終わりかけの時だったので、本格的に開始したのは翌日、7日土曜日の学術大会一日目からだったのですが、ブースになかなか人が集まらず。ちらしを知り合いに渡して、大量にバラ撒く作戦としました。
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顧問の岡崎香奈ちゃんがセレブなお客様を連れてきてくれました!湯川れい子せんせい、お買い上げありがとうございました!
ヒーローキャリー「恋のティーンエイジブギ」の大ファンです!
(マニアックすぎる)
勢いがついたのか、どんどん人が集まり始め、一本松のふきんやるんびにい美術館のポストカード、クリアファイルがばんばか売れ始めたのですが‥トートバッグと絵本がさっぱり売れません。しょんぼりしつつ、一日目が終了。
翌日、窮状を察した全国のお友達セラピストたちが
「売れとらんの?じゃあ買うたるわ」
と大量に押し寄せ、しかも買ったあとに袋からトートバッグを取り出して会場内を持ち歩くなどステマ活動を。さらに
「あんたらも買うたって!」
と何人も知り合いを連れてきて、紹介してくださいました。
なんと御礼を言っていいやら!涙!
二日目の昼過ぎには、あちこちにえころんトートバッグを抱えた参加者の姿が増えていき
「これ、たくさん入るし持ち手が長くて肩から下げられるのが便利」
とお褒めのことばをいただきました。
最終的に、100個持って行ったトートバッグが90個売れました!
トートバッグをお求めくださった皆様、本当にありがとうございました。どうか末永く使って下さいね。ポリキャンバスという布なので、象が洗ってもへたれません!
って、すっかり物販の話に終始いたしましたが、評議員会および総会での委員会報告、自主シンポジウムの司会などちゃんと自分の業務もこなしましたよー!人前で真面目な話をするのって相変わらず慣れませんけど‥終わってほっとしました。
せっかく米子行っても、どこも観光できませんでしたが、あたたかい心のふれあいが出来たこと、えころんのことを多くの人に知ってもらっただけで充分参加した甲斐がありました。

5月 28

上京して仕事してきました

●桜楓カウンセリング研修会
日本女子大学の敷地内にある建物で、精神科であり日本のサイコドラマ創始者でもある増野肇先生のワークショップが開催され、その伴奏におじゃましました。
(増野先生の傘寿のお祝いも兼ねてあったので、私の参加はサプライズ扱いになっていたそうですが‥恐縮です汗)
増野先生とのコンビ、というのもおこがましいですが、ご一緒させていただくようになって数年たちます。もともとは増野先生の東北巡回サイコドラマで、岩手で誰か音楽療法士さんいないですか?と増野先生が松井紀和先生(精神科で日本の音楽療法の草分け的存在、恩師)に相談したところ
「智田くんってのがいるよ、面白いよ」
とおっしゃってくださったのがきっかけです。
サイコドラマでなんで伴奏が?と思った方も多いとおもいますが、私も最初びっくりでした。でも、増野先生のワークショップはミュージカルがモチーフになることが結構あって、その再現部分に音楽があると効果が増大されるようです。お恥ずかしい話ですが、大学でオペラを専攻していた割に、あまり歌劇やミュージカルに興味がなくて、参加者からリクエストされる楽曲の殆どがわからなかったのです。そこで、その場でリクエストをした方に鼻歌で主旋律を歌ってもらい、適当に和声をつけて弾き始めたら、増野先生がとてもおもしろがって
「音楽療法士ってそういうことできるんだねえ」
と言ってくださって、何だか胸をなでおろしたものです。
東日本大震災の後、前述の松井先生が私の仮設巡回に同行してくださった時
「その場その場で被災者と対峙して瞬時にいろんなことを判断しなければならない被災地では、即興に強い音楽療法士が向いているよ。津波で思い出を流されてしまい心に傷を負った人にとって、音楽療法という楽しい体験の積み重ねは意味のあることだから頑張って」
と励ましてくださったことを今でもありがたく思い出しますが、私の即興力の大半は、増野先生とご一緒したサイコドラマのワークショップで鍛えられたものです。
「何かケルトっぽいのお願い」
とか
「スパイ映画のような音楽ください」
とか、冷や汗の連続でしたが、そのたびに脳みそをフル回転させつつ即興演奏する訓練は、私の被災地での即応力にとても役立ちました。
ワークショップ終了後は、主催者の皆さん、参加者の一部の方と一緒にホテルメッツに移動して、傘寿のお祝いにくわえていただきました。ありがとうございました。
●聖徳大学
音楽療法を学ぶ学生さんに向けて、東日本大震災の被災地で行なっている音楽療法について話をしてほしい。依頼してくださったのは、聖徳大学の古平孝子先生です。古平先生は国立音楽大学を卒業後、ニューヨーク大学で修士をおとりになり、現在は日本におけるノードフ=ロビンス音楽療法、分析的音楽療法の第一人者であられます。
初めてお邪魔した松戸市の聖徳大学は駅からほど近い場所にある、とても広々とした素敵なキャンパスでした。私が受け持った授業は午前中の90分のコマでしたが、10数名の学生さんが集まり、やりとりをしながら楽しく進めることができました。
積極的にどんどん質問や意見を出してくれるので、やりやすかったです!
「皆さんだったら、仮設住宅に住む人々に向けてどんな狙いで、どんな音楽を提供するのか」
「接遇する際に気をつけるべきポイントは」
「楽器演奏をその場で行う時にどんな工夫をするのか」
など、若い感性で新鮮な意見がどんどん飛び出て、私も刺激を受けて帰ってきました。とても貴重な機会を与えてくださった古平先生に感謝です。
その後、新幹線の時間まで余裕があったので、知人を誘って荻窪の焼き鳥屋さんでゆっくり飲んでから帰りました。

2月 18

来月、東京でお仕事します

敬愛する増野肇先生(サイコドラマを日本で広めた偉大な精神科医)と一緒に、ルーテル学院大学で講義をします。
日時 2013年3月2日(土) 10時~16時半
場所 ルーテル学院大学 東京都三鷹市大沢3丁目10−20
内容 サイコドラマと音楽療法のコラボレーション講義
http://www.luther.ac.jp/news/130122/index.html
申込はルーテル学院大学にお願いします。
どうぞご参加くださいね!
楽しくてためになる一日になると思います。

12月 07

東京滞在記録

今回、芸術療法学会で上京した際、予算が無かったので宿泊は歌舞伎町の激安カプセルホテルだったのですが、色々と面白いものがありました。貧乏って楽しい。
ネット予約で一泊2800円だったのですが、カプセル内での充電とネット接続は無料だったのが助かりました。他のカプセルでは考えられない状況です。
その代わり、客層がちょっとアレだったり(明言できず)衛生面もちょっとアレだったり(もっと明言無理め)だったりしましたけど。
朝食は美味しかったです。
500円でハムエッグ定食食べることができました。
慣れれば歌舞伎町も割と楽しいかもしれません、道をいっぽん越えれば、新大久保なので異国情緒たっぷりでしたし。
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下半身をどう主張するのでしょうか。
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セット不安って何?
これ隣のロッカーに付箋で貼ってあったので、とても気になりました。
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500円のハムエッグ定食です。
美味しかった。
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近所にあった謎の店、
韓国式中華料理っていったい。

12月 04

東京で活動報告をしてきました

12月1日、2日と日本芸術療法学会の大会が開催され、二日目の午前最後のコマで口頭発表をしてきました。
演題は
「東日本大震災被災地における音楽療法・第二報」
です。去年は第一報を発表しました。
私は学会発表というものがあまり得意ではないのですが、震災・津波の記憶が全国的に薄れつつある昨今、現地はまだまだ大変な状況であることを様々な手段を使って訴えていかなくてはいけないと思って応募しました。
発表者一人あたりの持ち時間は、15分の口頭発表と5分の質疑応答ですが、スライドに画像たくさん使いすぎて後半は早口&駆け足になってしまいましたが、いくつか質問も寄せられ、終了後には数名の先生から激励のお言葉をいただくことができました。
私が伝えたかったことを要約すると
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人は忘れる生き物です、忘れることで明日に希望を持って生きていくことができるのです。
しかし被災地に住み、失った故郷を目の当たりにしながら暮らす人にとっては忘れられない現実と、忘れたくない思い出があります。その苦しみや悲しみは、きっと遠くに住み、震災や津波を忘れてしまった人々に理解してもらうのは至難の業かと思います。
私に出来ることは、被災地に音楽を届け続けること、そして自分が見聞きして感じたことを遠くへと運び伝えることです。
このブログを忘れずに覗きに来て下さっている皆さんに、心より感謝申し上げます。