4月 08

「生生学舎アダージョ」にて

以前のブログでもご紹介しましたが(これこれ)自身も思い障害を抱えながら一生懸命ヴァイオリン演奏を頑張っている高山仁志さんが通う作業所が盛岡市内の、私の家からほど近いところにあります。
特定非営利活動法人いわて脳外傷友の会イーハトーヴが運営している、就労継続支援B型事業所(高次脳機能障がい)「生生学舎アダージョ」という作業所です。
以前から高山さんのお母さんに
「一度、うちの作業所にいらしてくださいよ」
とお誘いいただいていたのですが、なかなか実現せず。先日の考仁病院での難病連セッションで再開して
「そろそろ、いらしてくださいよ」
と再度お誘いいただいたので、行ってきました。
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車で行く時は一方通行に注意!
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中に入ると、木工の道具がたくさんありました。
「先生(私のことですね)に是非、定期的にいらしていただいて、ご指導をお願いしたいのですが」
「音楽療法ですか?」
「それもそうなんですが、ここの利用者さんたちが出来るような活動を考えていただきたいのです」
「えええええ」
「それも、お洒落な活動を」
「えええええええええ」
音楽療法士として仕事を始めて20余年、これまでもイラストやら漫画のお仕事をちょいちょい(オリンピックの頻度より低いくらいのペースで)いただくことはありましたが、お洒落な活動って。
「作業療法士さんという専門家が世の中にはたくさんいらっしゃいますがー」
「そういう専門の方を呼ぶより、先生にいらしていただきたいんです」
高山さんのお母さんから熱心に言われて、私もついうっかりOKの返事をしてこの日は帰りました。
さて、どうしましょう。
アダージョの利用者さんは事故などで脳に深いダメージを負っているため、上肢や視聴覚、あとは記憶などに障害が残っています。こういう方たちが楽しんで、達成感を得られる活動って何があるでしょう。しかもお題は「お洒落」。
数日後、私は小手調べに以下の道具を持参して再訪しました。
・カラーコピーした北欧テキスタイルの図案
・マニキュアの除光液
・ボール紙や段ボール
・数字のハンコ
・丸いシール
・クレヨン
これらを用いて一緒に行った活動が「トナー転写」と「シールの樹木」です。
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カラーコピーした図案を切り取って、テープで段ボールに固定し、マニキュア除光液を塗布して転写しているわたくし。
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そしてボール紙にクレヨンで描いた樹の幹に、各々好きな色のシールを葉や実や花に見立てて好きに貼ってもらいました。
見ていたスタッフからは
「あの人、ああいう色遣いするんだ」
「あんなセンス良い配色すると思わなかった」
との声が。
利用者さんからも、楽しかったとの声が出ました。
良かった。
お洒落屋さんの仕事は大変ですが、音楽療法士と同様に自分の「直感」や「センス」を基幹に行うので、とてもやっていて楽しかったです。次回はいつになるかわかりませんが、おぼろげにシルクスクリーンとか、エンボスパウダーやらバーサマークを使った活動なんてどうかな?と目論んでいます。

3月 28

難病連によるサロン

普段暮らしていると、自分がある日「治療方法の無い病気になってしまう」という想像がつかない人が大多数だと思います。私もそうです。しかし人間である限り、いつなんどき病気にかかるかわかりません。それがどんな病気なのかも、その時になるまでわかりません。普段は忘れがちですが、命には当たり前に限りがあって、その質も誰からも保障されてはいません。
私の父は60歳になる前にスキル胃癌に罹患し、数ヵ月後に亡くなりました。自身も医師として多くの命と触れ合ってきた父は、静かに自分の寿命を受け入れていましたが、言葉にしないだけで遣り残したことは多かったと思います。桜のきれいな季節になると、父のことを思い出します。
私が「岩手県難病・疾病団体連絡協議会」「岩手県難病相談・支援センター」(今回は略して難病連とさせていただきます)の皆さんとご縁が出来て、音楽療法をするようになったのは父の死の後でした。命がどれほど尊く、輝かしいものなのか。現代医学では完治が難しいと言われる特定疾患と呼ばれる病気(もしくは認定されていない病気)と戦いながら、日々希望を失わずに前向きに生きる皆さんが、音楽療法の時間に懸命になって歌う歌声に触れるたび、その姿を在りし日の父に重ねつつ命についての思いを新たにします。
今日は難病連のサロンが考仁病院で開催されました。
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入院中の皆さん。
在宅の皆さん。
支援者の皆さんが音楽を楽しもう!と一体となって、会場は熱気に包まれました。そして今日はバイオリンの高山仁志さんも一緒でした。
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事後、参加者の女性が感想を述べてくださったのですが
「高山さんのバイオリンは音がそろっているとか正しいこともあるんだろうけど、それより音色がとても心を動かす」
という、私もずっと思っていることをズバっと言って下さいました。自身も難病を抱えながら賢明に生きる高山さんの演奏する音色は、何の曲でも私の魂を深く揺り動かします。何度、一緒に演奏しても落涙しそうになります。音楽とはそういうものだと思います。
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2ショット、いえーい。
(手前のおっさん邪魔)
一般社団法人東北音楽療法推進プロジェクト、愛称“えころん”の顧問でもある洗足音楽大学の岡崎香奈さんから寄贈していただいたハンドベルで「花は咲く」を演奏したり、とても素晴らしい時間をすごすことができました。ありがとうございました。

3月 22

紫波町「ひまわりサロン」 2013/3/22

三陸沿岸から内陸の紫波町に避難してきた被災者の皆さんを支援する団体「ひまわりサロン」主催の音楽療法は、今日が年度最後の活動でした。新年度からは、どこからも助成をもらわないで、当事者の皆さんが自立して活動を継続していくという方針だとうかがいました。とても素晴らしい決断だと思います。
私も4月からは今の職場を離れて、設立した「一般社団法人東北音楽療法推進プロジェクト」を拠点に被災地支援に重点を置いて活動していく予定なので、ひまわりサロンの皆さんに何かお手伝いできないかと思っています。4月19日に紫波町のオガールで幼児教室を開催するのですが、午後に良かったら皆さんと歌と体操のサロンでご一緒したいと申し出たところ、わりと良い感触で皆さんが関心を示して下さったので、これから検討を重ねてベストな形を模索していくことになりました。
アウトリーチ(被災地に足を運んで現地で直接活動を行うこと)を中心に考えてきましたが、ひまわりサロンの皆さんと出会ってから、ふるさとを離れて見知らぬ土地で避難生活を送っている方へのケアにも力を入れていきたいと思います。
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ひまわりサロンで被災者支援を継続的に行っている、紫波町在住のボランティアの皆さんには、心より敬意を表します。地道な活動には頭が下がります。
音楽療法の後はいつもボランティアさんが作ってくれた昼食を皆さんと一緒に食べるのですが、毎回アシスタントのなすちゃんに
「良かったらこれも食べて」
「足りないでしょう、これもどうぞ」
と食べ物が集まってきます。
ためらいもなく食うなすちゃんは、ちょっとためらいなさい。
(震え声)
余談ですが、社団法人として活動するために、あちこちの自治体で音楽療法を開催する会場を探してここ数日公民館に問い合わせをしているのですが、公民館というところは例えこちらが営利目的じゃないと言っても、参加費が発生すると分かった途端にあっさり断られるのだと思い知らされました。ある場所では「は?自治体の住民でも無いのに?」とか「実績が無い団体にはちょっと‥」とけんもほろろに門前払いをされ、これが世間の荒波にもまれるってことなのか‥と意気消沈していました。
(打たれ弱い?)
そしたら今日の会場となった場所の方に
「え?よそはそうなんですか?うちは別に構いませんよ」
とあっさりあたたかいお言葉をいただいて、ちょっとだけ沈んでいた心が浮かび上がってきました。親身になってお話を聞いていただいてありがとうございました、Mさん。拾う神あり!

12月 18

軽米町 健康ふれあいセンター

2004年から毎年お声をかけていただいている、クリスマス会でのお仕事でした。
軽米町や周辺にお住まいの、精神障がいをお持ちの皆さんやボランティアさん、作業所の職員さんや保健師さんと歌を歌い、ゲームで競い合い、最後にいちごのショートケーキとレモンティでまったり語り合う、そんな親密な時間をすごしました。
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窓ガラスに貼られたクリスマスっぽいもろもろ。
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今日は懐メロを10数曲歌い、31ゲームやイントロ当てクイズをしました。
3つのグループにわかれての対抗戦です。
「今日もありがとうございました」
と、最後に保健師さんからお昼ご飯のお金をいただきました。
毎年そうなんですが、参加した当事者さんから少しずつ徴収して、私のご飯代として渡してくださるんです。ありがたくて涙が溢れてきそうになります。
いつも大事に使わせていただいてますよ!
(今日は軽米食堂で鴨汁をば‥)
最初にお邪魔した頃からちょっとずつメンバーが入れ替わったり、少なくなったりしていますが、皆さんとご一緒するのが楽しみです。
また来年お会いしましょう!

12月 03

花巻市「ふれあい文化祭」 2012/11/30

私には年子の妹がいて、彼女は生まれた時から重い障がいを抱えています。
脳性まひという障がいです。
今は施設で暮らしていますが、兄弟とも幼かった頃は母が孤軍奮闘で育てていました。トイレも食事も自分ではどうにもならず、手がかかるので母は頻繁に機嫌を悪くしていましたが、それでも根底に流れている愛情と信頼は見てとれました。
小学校にあがる年齢になると、妹は花巻市にある養護学校に入学することになりました。しかし当時は東北自動車道もなく、通学するにも車で片道1時間かかりました。毎日毎日、母は行きも帰りも車を運転して、妹を学校に送り届け、家に連れて帰ってきていました。
そんな花巻養護学校ですが、現在は
「花巻清風支援学校」
という名前になっています。
ここの先生から今回依頼されて、ふれあい文化祭でちょっとしたアトラクションを担当することになりました。
場所は花巻市文化会館。
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わーひろいー。
生徒さんによる開会宣言のあとは、光林会理事長の三井信義さんによるご挨拶‥と思ったら
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み‥三井さん。なんて芸達者な。
意外な一面を垣間見た気がします。
そして私の出番がやってきました。
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よいこのみんなー!あやしいおじさんだよ!
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グループ分けをして
「クイズ!イントロあて」
そして
「回文」
をやりました。
持ち時間はあっという間に過ぎて、帰りには花束とお菓子をいただきました。ありがとうございます!
本当はもっとゆっくりして、皆さんのステージ拝見したかったのですが‥私このあと東京に行かなくてはならず。
早々に失礼しました。
また機会があったらお声かけください。